手首が細いのでデカい時計をすると変です。 なんせ14.5cmです。 女より細いです。 ガキの時分は、もっと立派になるだろと思ってましたが、 全然なりませんでした。 ちなみに、体格も180cm75kgくらいになるだろと思ってましたが、 170cm54kgにしかなりませんでした。 がっかりです。 握力は60kgくらいあるので、下腕部の肘付近はちゃんと肉が付いてますが。
そういうわけで、もらった時計は小さめで具合よろしいです。 さすが水晶制御です。何日たっても全く狂いません。最高です。
なお、調子がおかしくなった swatch ですが、電池の入る場所に、 若干機械方面にスキマがあいてるのを発見しました。 そこに細いネジまわしつっこんで、 「オラ。気合い入れて動かんかぇ」とか言いつつ 秒針と直結してる歯車をグリグリっとやった。 そしたら調子が元に戻りました。 大井埠頭を1時間ほどはしりまわっても一秒も狂ってません。 以前なら余裕で3分くらい遅れるところですが。
やったー。わーい。
そうそう。書くのわすれてたけど、沖縄のレース終わってから会場をうろうろしてたら、 地元の小学生に「ボトルくれ」って言われた。
オフィシャルの補給にもらった方じゃないやつを、あげた。
こういう記事を見ると、かならずこういうことを言う奴が居る
で?それが何の役に立つわけ?
新しい知識というのは、それ自体に価値があるのだ。 ちょうど腹が減ってる時の食事のように。 つまり、新たな知識が得られた、ということは、それで既に役に立っているのだ。 こんな簡単な事も解らない奴は、新しい知識がどれほど役に立っているかを考えるまえに、 自分という存在がどれほど役に立っているかをじっくり反省しろ。
まぁそういう知能の足りてない奴はこれ以上イジっても無駄だから置いといて、 ときおり、いわゆる「基礎研究」と称される仕事をやってる人や、 その周辺の人からすらも、「こういう研究は、今すぐには役に立たなくてもどうのこうの」 という意見が出る事がある。
おいこら、ちょっと待て、と。 俺は、そういう事を言う奴にも訊きたい。 おまえら、本当にそんなこと思ってるのか、と。 おまえら、腹がへってメシ食う時、「この食事は今は役に立たなくてもどうのこうの」 とか考えながら食ってるのか、と問詰めたい。
だいたい基礎研究という呼び方が良くない。なんだか、その先に応用とやらがあって、 地球を温暖化する以外に能の無い、愚にもつかない市民生活とやらに資するところが あるかのような呼称である。
基礎研究という呼称は廃止せよ。これからは、純粋研究と名乗るがよい。 そして、純粋研究をやってる人々は、市民生活など省みず、もっと誇りを持って、 「新しい知識は楽しくて最高だけど、お前らは馬鹿で、 すぐ『彗星が来たからみんなシアン化物中毒で死ぬる』とかアホな事言い出して 全然うまくいかないから、代わりに天才の俺たちが研究してやってんだ」 くらいのことは言ってもらわないと困るね。