物欲と顔


顔である. 人間の顔もだが, 工業製品の顔もまた, 中身を反映するものだ. 近代機能主義と俗に言われる意匠の流儀が 20世紀に発生して以来, 工業製品に関しては, 製品の機能を最大限に引き出し, それ以外の要素を 排除した意匠こそがもっとも望ましいものだという風潮がある.

これが「あじけない」とか「無味乾燥」と言われる事務機器類の 意匠の源流の思想である. しかし, 何事にも隠された側面というものはある. 実際には, 近代機能主義と括られる一群の作品は, 機能を引き出し, それ以上に関しては沈黙するという方針だけに従って完成した ものではない. 優れた作品では, 幾何学のシンボリズムとバランスが造形全体の指針となっているのである.

まあ, ここでは近代機能主義について分析するのが目的ではないので, これ以上詳しい話はしないが, 実際に用いられる造形語彙(意匠のコンセプトを 形成する要素となっているコンセプト)と, 公式に語られる造形語彙は, 必ずし も一致しない. だから, 意匠の流儀といっても, 公表されているものに従いさえすればかっこいいモダンなものが完成する, というものではない. ヘボが作ればどうしょうもないヘボなデザイ ンができてしまうものでもあるのだ. 「あじけない」とか「無味乾燥」というのは, つまり「性能を出す」以外は, 何 もやらなくていいと誤解したヘボの作品だという事でもあろう.

要するに, まあ, ピンからキリまであるとはいうものの, おおむね, 現代の工業製品の意匠 では, 「機能」というのがもっとも支配的な思想なのだ. だから, その製品が他の製品から際だつものであったばあい, 意匠に於いても, 際立ったものになるという事が考えられる. 顔を見ただけでどういう製品であるかを, 比較的容易に判断できる, そういう楽 勝な時代であるとも言える.

さて, 時代の先端を切ってつっ走る製品を作ったとしよう. そういう製品は, どうしょうもない平凡な箱に収まるだろうか? どこかで見たような外観になるだろうか? 実際, そんな事はありえない. ひとつだけ, 違う方向を向いている製品は, その, 作り, コンセプト, 材料, サイズ, 意匠, 全てに於いてきわだっているものだ.

人間, 顔ではなかなか判断できぬ場合もあるが, 工業製品はだいたい, 見ただけで買うべきかどうかが判る. 製品全体から, ミョーな気合いが放たれているからだ. わしが見ただけで欲しくなった製品を思い出してみよう.

高橋製作所 FC50天体望遠鏡. コンパクトなサイズに蛍石を使った対物レンズで, 水準をはるかに超える光学系を装備した.
FUJINON FMTR 6x30 視野平坦化光学系の, 比較的コンパクトで明 るい完全防水双眼鏡.
Cannon F1(eye level finder) マニュアル一眼カメラ. 断固, いつか絶対買う.
Digital HiNote Ultra ノートパソコン. 残念ながら, これよりかっこいいコンピュー タは, とうぶん出そうもない. なんせ DEC は 無くなったし. 性能も問題だが, 毎日使う 製品だから, かっこわるいと嫌んなっ ちゃうもんね.
MIZO V1 一見しただけで普通のアイスアックスではないとわかる. 速攻で買った.
Petzl Micro サイズ, 重さ, 信頼性において, 最高のヘッドランプ. マグライト? うんこですね.
Fox の傘さしても畳んでも, 最高に美しい. 今のは 3本目.
swans のサングラスこないだ書いた.
B&O の電話欲しいが高い. 電話に限らず, 家電のデザインは酷すぎる.
Black Diamond SwitchBlade Crampon アイスクライミング用アイゼ ン.

ところで最近の数年は, デザインに関しては不作が続いている. 特に, 射出成形できる樹脂製品に顕著だ. 大田区の職人技によって, 射出成形技術は極限まで進化してゆく, もはや不可能な形は無いとさえ言える. また, この分野の材料の進歩は著しい. 通称「エンプラ」と呼ばれる, エンジニアリングプラスチックは, エポキシや ABS, フッソ樹脂などに, 各種の樹脂以外の材料を射出成形時に混入することで, 従来のプラスチックでは不可能だった物理的, 化学的な性質を与えた材料だ.

その結果, いままでは, けっしてプラスチックなんか使えなかった領域でも, 射出成形した ものが使えるようになって来た. 精度の向上(超絶の精度で作られた金型による), 軽量化(同じ強度なら, エンプラは大抵の材料より軽い), コストの削減 (一旦金型ができたら, あとはコストは下るだけ)などが実現された. これは良いことであるが, 良い事ばかりではない. コンセプト無き糞野郎共に, 新しい技術を与えると, ガキがクレヨン握って フスマに向かった状態になる. その結果, 紙粘土をぐねー とこねまわしたような, 理由の無いどうしょうもねえ 形が巷には溢れかえっておる. そんなわけで, 買わないといけないのに欲しいと思う製品が無く, 金を使う気がせず困っているものが幾つかある.

時計は, 軽くて見やすいディジタルのを無くして, チタンのアナログを使ってた が, これも無くした. 300円でアキバで買って来たのがあるが, どうしょ うもないので, やっぱり欲しい. しかし, これがほんとうにどうしょうもないやつしか無いのですよ. 高度とかが出るやつときたら, もう, マツモトレイジが血迷ったみたいな形のしか ないのだ. 他の製品も, 70年代回帰だかなんだか知らんが, とにかくどれもこれもひどく醜い. モダンで単純で頑丈で軽く, 必要十分な機能を備えた製品は無いかのう. まあ, せっかくそういうものを買ってもどうせ無くすから, 5000円くらいの値段 だと, もっと良い. そうだな. タイプするときに邪魔になるからといって, はずすからなくすのだよ. だから, 懐中時計も良いかも知れん.

パソコンの箱に関しては, もう, 何も言う事は無い. 最高, 最強のハイテクに対して, あのハコはあまりにも失礼であろう.

気に入ったものが無いので, 自分で作った奴もある. ナイフだ. 全長 200mm 刃長 90mm . 材料の高速度工具鋼(skh 51)は 500度まで焼きがナマらない切 削用途の特殊鋼. 20世紀最強. ツバは sus304 で, 刃に真空溶着. 2本製作したが, 1本は, いつも何かと世話になっている 石川 に贈呈した.