フリークライミング


フリークライミングというスポーツがあるのをご存知でしょうか. ちゃんとルールもあり, 世界選手権も開催されている. 自分の肉体だけを使って壁を登り, その難易度を競うスポーツだ.

このスポーツの面白いところは, 「難易度」を競うというところだ. 点数でもスピードでもなく, 難易度である. 競う方法も簡単で, 初めて見る壁で, 一番高いところまで登った奴が勝ちである. 見てるだけでも, これがけっこう面白い. もっとポピュラーになっても不思議じゃないと思うが, 確かに日本でもフリークライミングをやる人は増えているようだ. 人工壁 の普及とマッチポンプで普及しているようだ.

難易度を競う競技であるから, 難易度に関する表記が存在する. 5.9 とか 5.8 とかいう表記であり, 小数点付きの十進数に見える. 5.9 の次は 6.0 だと思うだろうが, コレが違う. 5.9 の次は, 5.10 なんですねえ. わはは. 不条理である.

これはそういうもんだと思って頂きたい. ちなみに, 5.x という表記はアメリカ人が考えたもんで, ヨーロッパでは全然違う表記である. どこかでグレードの対照表を見たが, もう忘れた.

難しさなんか, 人それぞれ感じかたが違うから, 難易度の表記なんか, 意味が無いと思うかも知れないが, これがあるんですねえ. 面白いことに. 5.10 のルートは登れても, 11 は絶対に無理なんですよ. 私の場合. 色んなルートを登りましたが, レーティングは非常に客観的な基準として 存在しています.

5.14 あたりが, 現時点の人類の限界らしい. 世界選手権では, 5.13 とかのルートを一撃で登るらしい. ちなみに, 5.13 はどういうルートかというと, かなりの暴風雨でも, その下であまやどりできる張り出し具合だ. 壁の下に立って, 登る人を見る場合, 壁の方を向いてると首がおかしくなる. 壁に背中を向けるとちょうど良い.

知ってるルートを登る方が, 簡単なのは言うまでもない. やっぱりエライのは, 知らないルートを一発で登ることで, これは, クライミングが未知の山やルートを開拓するための手段であった 頃から残った精神習慣である. つまり, パーティーのうち, もっとも技量があってタフな者が, 最初に登ってロープをルートに設置し, あとから他の者が続くという クライミング形態では, 最初に登る奴が一番威張るのは当然であろう.

公平を期するという意味でも, 最初に見るルートで競うというのは, 非常に意味があることなので, 現在の競技は全て, 最初に見るルートで 競われる. 初めて見るルートを登る行為を "On Site" という. 日本では「イチゲキ」などと呼ばれているようだ.

しかしながら, フリークライミングが単に難易度を競うだけのスポーツではなく, そのルーツを自然の地形を克服する営みに持っているのだという事を端的に 示すのは, 「リードスタイル」であろう.

たまに聞かれるのだが, 岩場を登る時に, ロープにつかまって登るんなら, 一体そのロープは誰が設置したんだ?という疑問がある. さっきも書いたように, 実は, 最初に登る奴が, 気合いでロープを引っ張って行 くのである. 途中に支点を設置し, そこにロープを通しながら登って行く事が 多い. もし, 墜落したら, 簡単に言えば, 最後に設置した支点から上に登った距離の 2倍の墜落距離となる.

これに対して, 「トップロープ」と呼ばれるスタイルもある. これは, 要するに 上までロープが伸びていることだ. 上からロープで引っ張る事ができるので, 墜落しても直ちにそこで停止する. 全く危険も恐怖も無いスタイルだ.

ところで, 競技では, 「オンサイト, リードスタイル」で競われる. 壁には, 支点が予め設置されているので, 何か変な感じがするが, 安全措置との兼ね合いでこうなっている. 安全を全面的に優先するのなら, トップロープなのだが, それは「ヘボ」の登り方であり, 世界の先端がそんなスタイルで競うのは, クライマーの誇りがそれを許さないのだ.

そんなわけで, 人工壁でも下からロープを伸ばしながら登って行き, 途中にぶら下がっているカラビナにロープを通して行く様は, こういう歴史的な事情を知らない場合は, いや, 知っていてさえも, かなり奇妙である. だって, カラビナがぶら下がってる壁なんかあるかね? しかしながら, リードしてこそ, つまり, 墜落のリスクとプレッシャーを克服し てこそ, 真のクライマーなのであり, ここはスポーツ化に於いても, 妥協できないところなのだ.

ところで, これは昔, ある雑誌で読んだ記事なのであるが, ある動物園でゴリラの新しい飼育施設を作った. なるべく自然で開放的な設計にしたが, これでゴリラが脱走してしまっては まずい. だから, ゴリラが脱走できるかどうか, テストしてから 実際に使わねばならない.

そうはいっても, 本もののゴリラをテストに使うわけにはいかないのである. テストは失敗でした. どしぇー. というわけにはいかんからのう. そこで, どうしたか. 当時はフリークライミングといっても, 全然普及していなかったのであるが, それでもそういうものがあることを, その動物園の関係者の誰かが知っていたら しい. 脱出可能かどうかを, フリークライマーにテストしてもらおう, というこ とになった.

ゴリラの飼育がかりの言うことには, 「人間が登れるところなら, ゴリラは絶対 に登ります」. これでは, 論理的に考えて設計が適切であることのテストにはならないはずだが, それでも「ダメです」というテストにはなる. 日本のフリークライミング協会からは, ゴリラの檻に気鋭のトップクライマーが派遣されたという.

そのクライマーによって, ゴリラの檻の難易度は 5.11 強と判定された. 俺にはトップロープでも無理だが, JECC の先輩ならロープ無しでも登れるグレードだ. つまり, 檻はそのクライマーに登られてしまったわけである. 当然, ゴリラも登れるであろう. このテストの結果を重大に受け止めた動物園では, 檻を手直ししてから 使用したという. その後, ゴリラがルートを完登したという話は聞いていない.

フリークライマーを収容する刑務所は, よく考えて作らないとな. 奴等, どこでも登るからな. マジで.