アイスクライミングをめぐる, 雑多なものごと


「世界には 2種類の場所しかない. それは, 平らなところと, そうでないところだ. 」(ある進退窮まったクライマーのことば)

平らなところに関しては, みなさま十分御承知でしょうから.

平らでないところで, もっとも重要な法則は何か?
答:重力の法則

「おお, ツァラトゥストラよ!」と, かれはあざけるように一語一語をくぎって, ささやいた, 「あなたは知恵の石だ! あなたはあなた自身を高く投げた, しか し投げられた石はすべて -- 落ちる!
「小びとめ! おまえか!それとも, わたしか!」
つうかんじですかね. 「重力の魔よ!」ぐぅぅぅぅ. たまらん! にいちぇ もたまに読むといいもんす ねぇ. すると,  驢馬は, それに応えて「さよう, さよう」と嘶いた.

ニュータイプであろうとなかろうと, 魂はいざしらず, 肉体は重力に引かれてい る. したがって, 平らでないところでは, すべてが, 落ちる! 落ちるぜ!落ちたら死ぬぜ!死んだら地獄行き! みたいなかんじで, 平らでな いところはこわいものです.

重力は, なんでも引っ張るので, 落ちるのは肉体だけではない. 全く, 「ものは落ちる」. この命題ほど, 知っていることと理解することは別だ, というよくある説教を思い知らせてくれるものはない. 確かに誰でも, ものは落 ちるということを知っている. しかし, それを理解したとき, その人の表情は, King Crimson の「宮殿」のジャケの絵みたいにならざるをえないのだ! なにぃ! 宮殿のジャケを知らぬと!滑!ではなく喝!! 罰として宮殿を 256回聞け! そして泣け!

「あーしんど」とかいいつつ, 荷物をそこらへんに置く奴は, 「ものは落ちる」という命題を理解していない! なぜなら, 荷物を置く時も, 「ビレイ」(*)しないといけないからだ! 「ビレイ」してない荷物は, ちょっと風が吹いただけで, ちょっとケとばしただ けで, 落ちる. 手袋を落しちまったら, あんた, どうなりますかね. 平らなところなら, ポケットに手を突っ込んで歩いてりゃいいでしょうよ.
眠くなったからといって, そのまま寝る奴も, 判ってない! ビレイしてない状態で寝がえりうったら, 落ちるぜ. 落ちたら死ぬぜ. 頭叩き割って, 七孔噴血してな. 絶命しちゃうぜ.

「油断も隙もない」とはこのことだ. アイスクライミングでは, この, 油断ならない度数が, さらに上昇する. なぜなら, 地面が無いから. ちょっと傾斜してると, なんでも滑ってどっかいっちゃうし. 昔, 氷瀑の下から写真を撮ろうとしてあおむけに氷にね ころんで, そのまま背中で滑落してきた奴が居た.

滑落の研究によると, 滑落する状況では, 斜面との摩擦はほとんどスピードに影 響しないという. つまり, 10m 自由落下するのと, 10m滑落するのと, 出るスピードは 同じらしい. 10m自由落下したら, 時速50km だ(いま, bc で計算した). 「人間の頭蓋骨は, あなたが思っている程頑丈ではない」(フリードリヒ大王).

右手の王は氷に突き刺さった!すると, 左手の王もそれに続いた. 垂直とは, 克服されねばならぬ, 或るものなのだ! 「さようさよう」と驢馬はいなないた. そして高度とは, 語の最も完全な意味に おいて, 稼いだ高さにほかならない. なぜなら, この高度は, 人間が死から直接 もぎ取って自分のものにした高度だからである. そして, この高度は, いつ, いかなる時にも, 好むと好まざるとに関わらず, 速度に変換可能なのである. アイスクライミングとは, 氷に向かって突撃し, 速度を稼ぐ遊びなのだ.


(*)ビレイ belay :
1 〈綱を〉索止め栓に八の字形に巻きつける.
2 【登山】〈人を〉ロープで確保する.
1 綱を巻きつける.
2 [命令法で] やめろ; それで十分だ.
【登山】 確保,ビレー.