日本刀


「刀は武士の魂ぞ」ってやつですね. いきなり何の話かいなーとおもうかもしれませんが, 別に何のひねりもありません. 刀の話です.

刀まにあ? むー. そういうわけでもないのだが, 一時期ナイフとか熱処理とかに 凝ったことがあって, そのころ金属工学の某ナガタ先生と しばしばあちこちの鍛冶やをたずねてうろうろしたものであった. そのころの話である. まあ, わしのすることだから, 「刀と日本人」みたいなことに なるわけはないわな. まあでも, 実際に真剣をいじくったことのないひとには, ひょっとして面白いかも.

まず, 普通の鉄製品と刀は鉄の製法からして全然違うのですよ. 普通の鉄製品は, 溶鉱炉とか, なんかそういうので溶解して作るじゃないですか. 石炭で酸化鉄を還元するわけですな.

そうやって溶鉱炉で作った鉄は, 刀を作るのには使えないのである. もう, ここらへんからして, いきなり量産体制から外れてますな. 刀を作るのに使う鉄は, 「たたら製鉄」で作るんですよ. こりゃどういうものかというと, (今は)耐火レンガの煙突状の構造物に 炭と砂鉄を交互に入れて, 下からフイゴで吹いて鉄を還元するというやりかたで す. まあ, この段取りがめちゃくちゃたいへんなんですが, 今回は省略. 金属工学のサイトにどっか紹介があるんじゃないかな. むう. ないな. まあいいや.

この一回でできあがった鉄は 砂鉄の量にもよるが, 数キロってところなんです よ. しかも溶鉱炉みたいに連続生産できなくて, 一回ごとに段取りやりなおしで, しかも鉄をとりだすときに炉も一部ぶっ壊すの で, 鉄を作るところで普通はメゲてしまうくらい大変です. しかし, これなどは刀を作る上で, ほんの第一歩にすぎないのであるから, まったく刀鍛冶は大変な仕事ですな. なんせ, これがおわってできたものといえば, 鉄ともいえぬ ノシ餅みたいな黒いデコボコの塊である.

このデコボコの塊を「けら」という. 鉄の母と書くらしいが, もう, どういう漢字だったか忘れた. 砂鉄は純粋な酸化鉄じゃないので, ケラの中にもいろんな不純物が まざっている. 砂とか. チタンとか(砂鉄にはチタンがけっこう含まれていると いう). もっとも, チタンはたたら製鉄では金属に還元されることはなく, 酸化チタンの状態のままだ. そんな純度の低い鉄でええのやったら, 溶鉱炉で作った鉄で十分やんけ, と思うでしょう? ところがこれがちがうんですねえ.

たたら製鉄の特徴は, 鉄を融点まで加熱しないところにある. 技術がなくて, そんな温度が出せなかったというのが正しいところなのだが, それがケガの功名となって, 鉄に不純物がまざりにくい状態のまま 還元されるのである. ケラにまざっている不純物は, ピーナツチョコレートにピーナツが まざっているような状態であり, その気になれば除去できるものなのだ. 一方, 溶製鉄はどろどろに融かしてアレするので, 空気中の酸素とかが 鉄の組織奥深くに入り込んでしまい, ちょっとどけるのは無理らしい.

というわけで, 砂とか還元されてない砂鉄とかを ケラからどけると, ナイスな鉄が手に入るらしい. この, 不純物をどけるのが, 折り返し鍛造というプロセスである.

折り返し鍛造は, もう, そのまんま. つまり, 炉で赤くなるまで加熱した鉄を トンカチで叩いて伸ばし, のびたところで折曲げて, トンカチで 叩いてくっつける. というのを何度も繰り返すのだ. パイ生地つくってるのと同じである. つまり, 刀もパイ生地みたいな鉄でできておる. こんど博物館とかで刀をみる機会があったら, 鉄の表面をじっくりみてみるといい. パイ生地の断面がみえるぞ.

ところで, 折り返して叩いてくっつけると簡単にいうが, 融けてない鉄が叩いたくらいでくっつくわけがない. もちろん, 融点まで加熱してしまったら, 形もクソもないから, そこまで加熱するわけにはいかん, それに, 鉄に含まれる炭素の含有量の問題から, いい気になって温度をあげるわけには絶対にいかんのである.

というわけで, 叩いてくっつけるところは, 鍛冶やの企業秘密なのだ. つうか, 秘密じゃなくて, どっちみち教えてもらってもできないのである. いくら長嶋シゲオに「こうやって, コツンとボールを打つんだよ」 と教えてもらってもホームランが打てないのと同じことだ.

ケラから使いものになる鉄にするまでで, いきなり企業秘密つうか, 一身具現タイプの共有不可能な職人技がでてきてしまいましたが, そんなのまだまだ序の口です. 刀ができるまでは, そりゃもう, とんでもねえ修行が必要で, 全人生をそれに捧げても, 才能ない奴は無理っつう感じの途方もない技術なので ある.

鉄に焼きが入るには, 炭素が必要という話は, どっかで書いたかもしれんし 知っている人も多かろう. 居ねえ? 鉄に炭素が入ってないと, 赤い奴を水にジューっとつけても硬くならんのよ. 炭素は, わりかし鉄の組織を自由に行き来するらしいので, せっかく炭素が含まれている鉄を高温で空気中に晒しておくと, 炭素が酸素と化合して抜けてしまう. これを「脱炭」という. こうなったら, もう, いくら頑張っても 焼きが入らん. 焼きが入らない鉄は, 単なるナマクラ. 単なる重り.

炭素は, 単に入ってるかそうでないか, という問題でもないんですな. これが. 含有量が問題なんですな. 鉄にどれくらい炭素が含まれているか. 刀の場合, 0.3 から 0.9 パーセントくらいの鉄を, 要所に配して作られている. でも, どうやって?

鉄をグラインダで削ると火花が出る. この火花の出る様子を観察すると, 炭素が何%含まれているかはおろか, 焼きが入っているか, 他にどういう不純物か, さらには, 達人になるとその鉄が鉄鋼石から作られたものか, 砂鉄から作られた ものか, まで判別してしまうのである. 俺も 1% と 0.5%の区別, 焼きが入ってるかどうかの区別くらいは つくようになったぞ. もう忘れたが. 達人は余裕で 0.1% きざみで見分けることができるのである.

この技を使うと, ケラのどの部分がどれくらい炭素を含有しているか, を みわけることができる. もう一回タタラをかけて, 必要に応じて, 炭素含有量を加減することもできる. 炭素含有量を増やすのを「あげおろし」減らすタタラを「さげおろし」 という. 刀を作るうえで, 炭素のバランスは非常に重要であるし, 貴重な鉄と 森林資源を浪費するわけにもいかんので, 炭素含有量の管理は極めて重要な技術 だ. ところで, さげおろしはけっこう簡単だ. ようするに脱炭だからな. そんなのほっといても起きる現象だよ. でも, あげおろしは, 達人じゃないとできない. 炭素の具合を見るのは, タタラの煙突から出る炎の色と形である. これをみわけて空気の送り具合を調整し, あげおろし, さげおろしで 炭素含有量を調整するのだ. すげえぜ. 刀鍛冶.

こんな感じで, 必要な炭素を含んだ鉄を必要な量だけそろえるところから 刀の製造は始まる. うげー. まじでしんどいわ. こりゃ. さて, もうこれで 150行も書いてしまった. まだ鉄しかできてない. いったい刀ができあがるのはいつのことかのう. ははは.