日本刀 その2


さて, 前回は適切な炭素を含んだ高性能な鉄を たたら製鉄と折り返し鍛造でつくるところまでじゃったのう. 今回は, それを刀に加工するところじゃ.

それを説明するには, まず刀の構造を説明せねばならん. 刀の構造? そうなんですよ. あれがなかなか内部は複雑な構造になっておりましてね. 単なる鉄の板とはちょっとワケが違うんですよ.

といっても, 全部の刀が同じ構造というわけではなかった. れっきとしたランクがあるのだ. そして, そのランクは, 鍛冶の腕, 人気もだが, おもにどういう構造でつくられているか, というところで決まるのだ.

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これが, 普及レベルの刀の構造. 断面図である. 「甲ぶせ」というつくりかただ. 鉄の芯に, 刃の方だけ鋼をかぶせてある. わりと楽勝な方の作り方らしいが, 普通に鉄どうしを鍛造でくっつけるのもムズカシイのに, こんな形でくっつけるなんて, そりゃ無理っすよ. これで普及品っつうんだから, まあ, なんつうかどうかしてるよね.

ところで, 刀の用途は武器です. 形からして, 刺すか斬るかすることで, 威力を発揮する武器ですな. 刺す方は, まあ尖ってりゃいいわけだから, この際置いときましょう. 斬るほうだけど, これは, じっくり考えてみるとなかなか 刃物にとっては苛酷な使い方というか, 環境なのである.

刀を持ったことのあるひとがどれくらいいるかわからんが, あれはけっこう重たいです. まあ, オッサンが両手で握りしめて振り回すもんだから, 重たいのは当然だな. どれくらい重たいかというと, アレに刃が全くついてなかったとして, つまり, 単なる棒だったとしても, 殴られたら首の骨くらい折れそうな 重さだ.

うまくスパリと斬れれば衝撃は少ないかもしれないが, まあ, 相手はじっとしてるわけじゃないし, 骨もあればヨロイもある. そんな重たい棒だと, 棒にかかる衝撃もすさまじいものが あろう. しかも, 振り回すのは修行をかさねた馬鹿力の武芸者だからなあ.

で, なにが言いたいかというと, ヘボな刀では, 斬りつけた衝撃で反りが伸びてしまい, 二度と鞘に収まらなくなってしまうので ある. 全く爆笑ものだが, 本当のことだ.

折り返し鍛造でヘマってると, 組織がはげて折れることもある. なんせ, 大の男が力まかせにふりまわすんだからな. それで, 斬れたらいいけど, 斬れなかったら振り回した力をそのまま 刀が受け止めねばならないわけだ. それで変形が起きたり破壊してはならないのだ. だって, そんなことなったら, 負けじゃん. 真剣勝負だから, 負けたらよくても重傷, 最悪死ぬぜ.

ところで, 焼きが入った鉄というのは, 意外とモロい. カッターナイフの刃が簡単にポロリと折れたりするのは, 経験があるだろう. まあ, 物質なんでもだいたいそういうものらしい. 硬くなればモロくなる. だから, 硬くてモロくないものは貴重ですばらしい存在なのである.

もし, 刀が焼きの入った鉄だけでできてたら, いっぱつでポッキーンである. そんな衝撃をうけたら, 熱処理された鉄なんてイチコロだ. つまり, 最悪折れることのないように, 鋼をバックアップする鉄の芯が ついているのが, 甲ぶせの構造であり, この構造は最低限の装備ということなのだ. 衝撃を鉄の芯が吸収するというわけですな. そして, 吸収しきれないときは, 曲がって反りが伸びちゃうわけだ. 前回, 説明した炭素含有量のコントロールは, この辺で非常に重要になってくる. 炭素のいっぱい含まれた, 焼きがばっちり入る鉄を, 焼きの入らない鉄と組み合わせることで守るのである.

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ところで, ランクがもっと上の刀はどういう構造なのであろうか? その断面図が左である. これは「四方づめ」というもので, 実際に斬りあいをするときにわりかし具合が良い構造らしい. 真中が軟鉄. 両脇がもっとも炭素含有量が多く, 刃の部分は意外と 少ない. 峰にも鋼がはいっているところに注目である.

これをどうやって作るのかというと, これがそのまんま. 慎重に選んで炭素含有量を調整し, 折り返し鍛造でつくりあげた 3種類の鉄を, 5本まとめて鍛接し, トンカチで叩いて伸ばして刀の形にするのだ. 均等にトンカチで叩かないと, 均一に伸びず, 鉄や鋼の厚さが場所によって 違ってしまうと, 重大な欠陥になってしまう. うまく作ればこれほど強力な刀もないが, ヘマをすれば 全然役にたたないものになってしまうという, 超熟練者のみが作りうる構造なのである.

何故刃のところが炭素含有量が少ないのか? その理由は, 刀の焼き入れ方法にある. どれくらい強い焼きが入るかは, 炭素の含有量, 事前に加熱する温度 だけでなく, 冷却速度にも依存する. 炭素の含有量は既に説明した方法でコントロールされているが, 刀の焼き入れは, ある特殊な方法を利用することで, 部分によって冷却速度を変えることで, 硬さの分布のバランスを 実現している. 刃の部分はもっとも冷却速度が高くなるように処理されるので, 炭素の含有量がすくないにも関わらず, この部分の硬さはもっとも高い. 通常, 刃の切先は高速度鋼でできた鉄工用の切削工具と同レベルの硬さに仕上る. そういうわけで, 強い焼きが入ってちょうどの硬さになるように, 炭素含有量を加減してあるのだ. 硬さの上からは, 理屈上はそこら辺の鉄製品ならぶった切ることも可能だ.

焼きが入ると, 鉄は膨張する. つまり, 四方詰めの刀は, 周囲が圧縮応力で, 芯がひっぱり応力をためこんでいることになる. これが刀に非常に都合が良い. 敵の刃を刀身で受けたとき, もし, 受けた部分がひっぱり応力を残していたら, センダンになる. 引っ張った糸や針金を横から鋭いものでつつくと, 簡単に切れてしまうが, それである. これが刀に起きたばあいは, 直ちにぽっきり折れてしまうことになる. 四方詰めでは, 表に出ているところは全部圧縮応力が残った状態なので, 箭断になることはほぼありえない. 本当に

こうして, 刀の形にトンカチで仕上ったとしよう. 最後のステップが「焼き入れ」である. 焼きが入ってなければ, 単なる鉄の板じゃ. ところで, このステップはいままでの苦労の仕上げにあたるものだが, かかる時間は一瞬である. その一瞬でいままでの仕事が成功するかどうかが決まるので, 刀鍛冶は焼き入れの日を卜占し, 斎戎モクヨクして臨むのである.

刀の焼き入れはわりと独特で, 焼刃土といわれるものを 刀に塗りたくった状態で焼き入れをする. これを薄くぬったところは速く冷却されるので, 強い焼きが入る. こうして部分によって入る焼きの強さを加減するのだ.

焼き入れのキモは, 冷却前の温度だ. 何度から冷却するか, そして, どれくらい速く冷却されるかで, 焼き入れの成否が決まる. 温度が高いと組織が荒れて切れない刃物ができあがり, 温度が低いと焼きが甘くてナマクラだ. その差は10度前後であるから, 温度管理は厳しい. これを加熱された鉄の色で見分けるのであるから, まさに超絶の職人技である. なんでも, 夜明け前の光くらいが鉄の色を見分けるのにちょうど良いらしいので, 焼き入れはそのころにやるものらしい.

焼き刃土の成分は, ヒミツである. その役目は, 鉄の炭素が空気と反応して 抜けてしまわないようにすることでもある. 均一に塗ってから, 強い焼きを入れるところだけを薄くこそげ取る. すると, 土が薄いところが強い焼きが入り, 顕著なマルテンサイト組織が 刃紋, つまり, 刃の模様になって 研いだときに浮かびあがるというわけだ.

最後の焼き入れまでが完全にうまくいってこそ, 良い刀ができあがる. なんつう関門の多さであろうか.

折れず, 曲がらず, よく切れるとは刀に対する褒め言葉だが, これが実際に当てはまる良い刀は実に少ない. 刀を作るのに必要な手間と技術を考えると当然のことである. では, 真の名人が手抜き無しに作った刀の威力はどれほどのものなのであろうか. 「わしの刀は 20万抜まで大丈夫だ」 知合いの達人の刀鍛冶は, わしにそう語った. 居合や真剣勝負でものを切る. 刃物は使うと切れなくなるものだ. 刀も刃物であるから, 研ぎながら使うものである. 研げば減る. 研ぎ減って寿命がくるまで使った場合, 20万回振り回せるという意味らしい. 簡単にいえば, 彼の作った刀一本で 20万人斬殺できるということであろうか. 真の日本刀の威力たるや, おそるべしといえよう. そして, その背後には, このように技術的にうらづけられた, 超絶の職人技が息づいているのである.