もっと魔法


The Jargon File 4.1.4 から

magic

1. (形容詞)複雑すぎて説明できない. Clarke の第三法則によれば,

十分発達したテクノロジは魔法と区別がつかない

2. なぜかちゃんと動くけどなぜ動くのか解ってる奴が居ない. (この場合は, 特に「黒魔術」と呼ばれる). 3. [Stanford で]公表されていないのにもかかわ らず, 不可欠であるような仕様. 4. 全ての技術開発の究極の目標. あるいは優雅の極み. これは, Clarke の第三法則の第一の系として導かれる. すなわち,

魔法と区別のつくようなテクノロジの発達は不十分である.

今回は, The Jargon file にある, わしのお気に入りの「magic の物語」を紹介しよう.

何年か昔のことだ. 私(GLS)は MIT の人工知能研究所の PDP-10(*) が収まっている 棚のまわりをうろついていた. すると, ある棚に小さなスイッチが接着剤で くっつけてあるのを発見した. 明らかに自家製の造作で, 研究室の ハードウェア ハッカー(名前は判らない)がくっつけたものにちがいなかった.

何だかわからないスイッチがコンピュータに付いてたとすると, それが何か判らないうちはいじったりしないものだ. なぜなら, コンピュータ が止まってしまうかもしれないからだ. スイッチには非常にそっけない説明が付いていた. ポジションは 2つあって, 金属の本体にそれぞれ `魔法' と `もっと魔法' と鉛筆で ぞんざいに書かれていた. そして, スイッチは `もっと魔法' になっていた.

私は他のハッカーも呼んで来て, それを観察した. 彼もそのスイッチを見たこ とが無いと言った. よくみてみると, そのスイッチには電線が一本しかついて なかった!電線の端はコンピュータ内部の電線の渦に巻き込まれて消えていた が, スイッチがはたらくためには電線が 2本ついてないとダメだというのは, 電気回路の基本だ. しかし, このスイッチには電線が一本しかついておらず, もう一方の端子には何も接続されていなかった.

誰かのバカバカしい冗談に違いない. 理屈から考えてもそれ以外ありえないと確信した我々は, スイッチを切替えた. するとコンピュータはただちに止まってしまった.

そのときの我々の驚きの声を想像してほしい. そして, 我々は「これは偶然にちがいない」と片付けたにもかかわらず, スイッチを `もっと魔法' に切替えてからコンピュータを起動したのだった.

次の年, 私はこの話をもう一人のハッカー David Moon (たしか, 彼だった)に話 した. 彼は明らかに私の正気を疑って, 私がそのスイッチの力に関して 何か電波系の信念を抱いていると思ったらしい. あるいは, 彼をバグった物語でおちょくっていると思ったかもしれない. 彼に証明するために, 私はそのスイッチのところまで彼を連れて行った. そのスイッチは, まだ棚にくっついており, 電線が一本しかついてないのも そのままだった. そして, スイッチはやはり `もっと魔法' になっていた. 我々は今度はそのスイッチと接続を徹底的に調べた. すると, その一本しかない電線 はアースに接続されている電線と繋がっているのだった. 今や, そのスイッチが無意味な事は明らかだった. すなわち, 電気的に何等意味を持たないだけでなく, どうあろうとも何の影響も無いとこ ろにつながっているのだ. 我々は, スイッチを切替えてみた...

またしても, コンピュータは完全に止まってしまった.

我々は近くにいたベテランハッカーの Richard Greenblatt のところに行った. 彼も, そのとき初めてスイッチに気づいた. 彼はそのスイッチを調べ, 無意味であると確認し, カッターを持って来て, そのスイッチを取り外した. 我々はコンピュータを再起動し, それ以後そのマシンは快調に動作している.

なぜそのスイッチのせいでマシンが止まってしまったのか, 今もって判らない. アースの周りの回路に関するある理論があって, スイッチをきりかえたことで電 気容量の変化が起き, 僅かな電流が発生し, それによって回路が混乱したかも 知れない. だが, 我々には確かな事は判らない. ただ言えることは, そのスイッチは魔法だったということだ.

私は今もそのスイッチをガレージに持っている. ばかばかしい事だが, スイッチはいつも `もっと魔法' にしてある.

1994 年になって, この現象を説明するもう一つの仮説が提出された. それは, 棚の枠とコンピュータの回路の間に何等かの電位差があり, スイッチの金属でできた本体が, スイッチのもう一つの端子と接続されていた かもしれないというものだ. スイッチを切替えたことにより, 電位の変動が起 こり, コンピュータがリセットされた. 誰かがこの電位差に気づいて, ジョークとしてスイッチを取り付けたかもしれ ない.

魔法の話しはこれでおしまい.


(*) 今はなき栄光の DEC の製品. 画に描いた餅でしかなかったタイムシェアリングを現実のものとしたマシンである. 早い話が, 伝説のマシンですな.

CISC アーキテクチャのマシンは, 1970年代に DEC の PDP シリーズで頂点を迎えた. PDP-10 や PDP-11 がコンピュータの歴史を作った. らしい.

PDP-11 については, マシンアーキテクチャの授業で, 教師がその設計の美しさを 口から泡を飛ばしてまくしたてていた. ついでに, 今の x86アーキテクチャについても罵り倒していた. そこで憶えたことは, 昔, そういう美しく完全なマシンが存在したということだ けで, どこがどう素晴らしいのかは, 全く憶えていない. そうだ. もう一つ教わったことがある. コンピュータは速ければ良いってもんじゃなく, 美しくなければならないということだ. もし, 自分が何か作る事があったならば, あんなふうに罵倒されるようなものだけは, 決して作るまいと心に誓ったものだ. 誓っただけですが.