市場調査のお時間です


まーけちんぐ りさーち という仕事というか業種がある. このコーナーとしては, いきなりな話ですが, まあ, 聞いてくれ. 市場の動向を探るのが目的で, 顧客の需要やら何やらを調査するというアレだ. わしはそういう仕事に全然興味が持てないので, 学部の頃, そういう授業があったが全く履修してないし, 今も役所的な分類上しょうがなく, ソレ系の部署に居るのだが, そっち方面の先生とは完全に没交渉なので, それ以上の事は, 全然知らんのであ る.

じゃあ何でそういう話なのかというと, 実は, ある筋からたまに, マーケティングリサーチの リサーチされる側, つまり, 市場の消費者のサンプルになる, という話が廻って来るのである.

これが, けっこう面白いんですよ. 何がって, まず, 年も経歴も普段の生活も, 全然デタラメな設定でアンケートを 受けるんですよ. だってそうでしょう. 数学専攻の大学院生の意見を聞きたいという煙草会社が あるわけないのだ. わしは, いつもは メーカー勤務の技術職というカバーストーリーでアンケートを受ける. わしが?サラリーマン?しかもメーカーの?まじ? そんなアホな話, 誰が信用すんねん?

もっとも, このカバーストーリーは, わしが作ったものではない. いくらわしでも, いきなりそこまで堂々と口から出まかせは出ませんよ. サンプルを斡旋する業者というのが居て, そこが, テキトーな話をでっちあげる. まあ, デッチあげる時には俺も おおいに協力したわけだが. そして, そのシナリオどおりにやると, 次もわしに話が廻って来るという, きわめてデタラメでええかげんな 仕組みなのだ.

わしが受けるサーチは, 専ら外資である. タバコのアンケートが多い. わしは, 東京の大気汚染で喉がおかしくなってからというもの, 全然タバコは すわなくなったのだが, もともとは 両切りのショートピース のファンだ. 昔すっていたピース缶を, 今もペン立てとして使っている. アメリカの腑抜けタバコなんか, 全く性に合わないのだ. あと, ビール飲みすぎた時のションベンみたいに薄い, コーヒーもな.

ところが, アンケートでのわしは, 「マルボロ ライト メンソール の BOX タイプを一日ひと箱, 1年半ほど すっている, メーカー勤務の技術職」 なのだ. この落差がおもしろいので, アンケートが廻ってきたときはできるだけ受けるよ うにしている.

この状況からして, デタラメなサンプルが俺だけということは考えられないはず だ. 実際そのとおりで, アンケートが終った後トイレでちょっと話をした奴は, 俺と同じくショートピース愛好者で, 二人して 「なーにがパーラメントの Box じゃ, そんなダセエ煙草, ワシらが吸うわけないやろ. 馬鹿め」と話し合ったものだ.

アンケートの題目はいろいろで, 広告のポスターや煙草のパッケージの図案, タバコの味, 商品イメージと広告戦略(プレゼントなどの景品)などに関して, インチキくせえオヤジやお姉さんが, ウソ会社員の御高説を 「はい. なるほど. 」とかいいつつ拝聴している様は, かなり謎めいている.

アンケートする側だって, 俺が会社員じゃ無いことくらい, 見りゃわかるだろ. だいたい, コンピュータ関連の技術職って, タバコ吸う奴ほとんど居ないしな. それにもかかわらず, 「こっちの図案よりもこっちの図案が気に入った理由」 なんかを, 俺からいちいち細かく聞くのだ. もちろん, 答える方は, ケントの箱がどういうデザインになろうが知ったことで はないから, 口からでまかせのデタラメだ. 気を付けるのは, さっき言ったことと食い違わないようにする, ということだけ である. もっとも, 食い違ったとしても, アンケートする側はそこをうるさく追求したり はしない. 向こうだって, 共犯なのであり, データの正確さよりも, 共に築き上げたストーリーを崩壊から守る事の方が重要なのだ. 俺は, 彼のためにも, アンケート中はそのストーリーを守ってあげる事に協力する.

あること無いこと適当に, 口からでまかせでぱっぱかぱー とほざくので, 斡旋業者にとっては, わしは 自分の意見を明確に言う事が求められる, 発言型のアンケートで 数合わせするための重要な要員らしい. アンケートといっても, 紙に書いてある 3択問題とかをチェックしていく だけのものなんかもあるが, わしが出席するのは, 座談会形式のものとか, 対面聞き取り調査なのである. こっちの方は, 良いか悪いかは別として, 豊かなデタラメ能力が要求される.

多少, 謝礼が出る. 長時間にわたるものでは, 弁当が出る奴もある. その間, 狭い会議室で好きでもない煙草を, めったやたらとふかしながら, 「んー. こっちは, 爽やかで鮮やかな印象ですね」 「アメリカらしいところが気に入りました」 などと, 思ってもいないことを, わずか 10000円かそこらの報酬で ほざくのである. つくづく思いますが, 俺ってかなり信用できない奴ですね.

それにしても, たとえ正しい被験者を集めて来て正確な調査をおこなったとして も, あれで一体何をするつもりなのかな. 自分ところの製品のデザインを人に相談して決めるとはね. それとも, そうやって, どうでもいい可も無く不可も無いデザインを作ることが, 調査の目的なのかな.

そうやって稼いだ金で, 山田章博 の新しい単行本「Beast of East」と 古屋兎丸の「ぱれぽり」を買った. 山田章博というのは, 最近はゲームの画をデザインしたりして, けっこう売れているが, 10年くらいまえは, 鏡花 谷崎 芥川 みたいな 世界をマンガでやってた, ヘンテコな作家である. 圧倒的な画力と, ひとりよがりで斜に構えているくせにデタラメなストーリーの バランスが悪く, こいつは絶対メジャーになることもあるまい(本人もそう自覚 していた)と思っていたので, やや意外だ. 東京三世社から出ていた昔の単行本は, だいたい持っているのだが, その頃に比べると, 今はずいぶんマトモな漫画になった.