海賊とか冒険とか


リスクという言葉にゾクゾクするようでは, もはや現代という時代には不適確な人格であると判断せざるをえない. 登場する時代をまちがえたのである.

リブロポートという本屋があって, 昔バブルとかいわれていたころ景気が良かった西武系列の本屋である. らしい. ここが出している歴史の本というのが, おかしなのが多くて好きだった. 聞けばリブロポートは, もう倒産するとかしたとかいうはなしで, 寂しいものだ.

歴史の本といえば, まあ, 順当なところではブルクハルトとか, ワールブルグ研究所とか, そういうかんじである. 俺は歴史は憶えることが多くて嫌いだった. そもそも, だいたい, 文系の科目は全部嫌いだったな. しかし, リブロの本屋が出してる歴史の本は, 歴史の裏街道専門なのだ. そして, 俺が知る限り, 海賊の歴史の本を出しているのはここくらいである. といっても, 海賊の歴史の本をインターネットとかで引いてみたわけではないの で, しらんけどね.

海賊の歴史というのは, 歴史という学問の性質からして, コンセプト上若干難しいものがある. まず, 海賊というのは, 多くの場合犯罪行為で, 捕まったら死刑というのがお定 まりであるから, これら海の紳士たちは, あまり記録というものを残したがらな かった.

つまるところ, 歴史に存在しているのは, 抑圧する側(正史)とされる側(なんて ゆうんだ?)のストーリーである. ところで, 海賊共ときたら, はみ出した人々 であるから, 抑圧することもなければ, されることもない. だから, 歴史の素材としても, あまり適切なものではない.

確かに, 学問としての歴史という観点から見れば, 海賊共が主人公になるチャン スはない. 奴等は基本的にその日ぐらしの人々であり, 歴史を形成するのに必要 な, ある種の律義さを本質的に欠いている.

だが, それゆえに, 海賊共は, 俺の注意をひきつけてやまない.

海賊は, 反社会的タイプである. しかも, 彼らは地上の泥棒たちとはちがって, 大げさに, 信念を吐露し, 反社 会性を吹聴した.
(中略)
海賊は, 価値の倒錯を意識せずに事実において実行していた. 彼らの本質的美徳は勇気であり, 仲間への兄弟愛であり, 人間の屑たちの美徳, すなわち先見と慎重さへの軽蔑であり, 未来への無関心であった. (*)

しかし, この稼業も, その破滅的な経済的打撃力によって, 歴史の正面に, はからずも登場することがある. ヨーロッパ中世における, もっとも名高い制度の一つである ハンザ同盟は, ヴァイキングの脅威に起因している.

そうはいっても, 海賊の歴史は,歴史というよりは散文に近い.


○月×日. 船を襲った.
金貨をたんまり積んでいた.
それに, ワインもあった.
俺の手下は, 皆, 飲んだくれだ.
こんな具合である. あるいは,
ダニエルという海賊船長が, 食糧が少なくなったので, ある夜セイント諸島沖に 錨を投げた.
(中略)
一味は上陸し, 一人の反対もなく教区司祭の家に押し入った. 司祭とその家族はダニエルの船に拉致され, その間に一味はワイン, ブランデー, 鶏等を求めて家捜しした. それが終るとダニエル船長は, 仲間の魂の救済のた めに船上でミサを行うことを思い付いた. 気の毒な司祭は断ることもできなかっ た.
(中略)
ミサは大砲の発射で始まり, 聖唱, 聖体奉挙, 祝祷の儀式のたびに号砲が 轟いた. 不幸な事件があって, 儀式にちょっとした汚点を残した. 仲間の一人が, 祝祷の最中に無作法を働いた. ダニエル船長がたしなめると, 男はひどい悪態をついた. 船長は目にも止まらぬ早さでピストルを構え, 神を敬わない奴は, だれでもこ のとおりだと言いざま, 男の頭を撃ち抜いた.

ピストルは司祭の近くで発射された. 司祭は肝を潰したが, ダニエル船長は彼 に向かって, 「司祭, 心配するな. こいつは務めを怠ったろくでなし野郎だか ら, 俺が懲らしめてやったまでさ」と言った.

そして, 最後に縛首台に登って吊され, 両足で人民を祝福す るのだった.

海賊の伝統は, 日本にもまだ生きている. シバリョウ の「坂の上の雲」で, 日本海軍参謀 秋山真之は, 瀬戸内海のナント カ水軍の作戦メモを研究して, バルチック艦隊を撃滅した作戦を考えたが, そもそも日本海軍自体が瀬戸内海の海賊の末裔である. 北の海では, 今も日本の漁船が違法操業してロシアの船に銃撃され, 40Kt の高速でジグザグ運転して逃げまわっている. こういう連中が居る限り, 日本も安泰である.

これは, 栄光のイギリス海軍でも事情は変わらない. 海賊共は, スペインの無敵艦隊を撃滅し, ネルソン提督は, 戦死するのである. 冒険とリスクに対して, 日本とイギリスは対照的な態度を取るが, それを実行する時においては, 奇妙に一致した果敢な姿勢を持っている. いずれにせよ, 現在では, 残念ながら冒険に関しては, イギリスと日本は比べる べくもないレベルにある. 有名なイギリスの特殊部隊 SAS のモットーは `Who dares wins' すなわち 「危険を冒す者が勝利する」. この部隊は, どうやら海賊的精神の持ち主の ハキダメであり, 戦争の無いときは, クライミングや, 手漕ぎボートで大西洋横断などにうつつ をぬかしている, キチガイどもの巣なのだ. こういう連中を, 飢えさせないよう に安全に飼っておくという点で, 特殊部隊というのは良い場所なのかもしれない. まあ, あそこは根っからの海賊国家だからねえ.

それにひきかえ, 日本において冒険的行為が馬鹿にされ, 抑圧される加減という のも, これはこれですさまじいものがある. まあ, これについては俺がどうこう 言うよりも, 本多勝一の「冒険と日本人」(**) でも読んでくれたほうが良い. 日本よりもイギリスの方が良いとか悪いとかいうつもりは無いが, 要するに, 現在, 日本で主流になっている美徳は百姓と商売人のそれであり, 海 賊のものではないということだ. あたりまえだな. そうだな. 良いとか悪いとか言うのは俺の流儀に反するが, どっちがかっこいいかということは, 俺の流儀からして, 言うべきだろう. 百姓と海賊では, 海賊の方がかっこいいのである. 自明であろう.

だいたい, 勝手に太平洋横断して溺れて死んでも, 富士山でスキーして滑落して 死んでも, 俺の勝手だろ. 税金だってちゃんと払ってんだから, そいつがどっか行っちまったら捜すのはお巡りとかの義務であり, 当り前のこと だ. 迷惑かけたわけじゃあねえよ. とかいっても, 駅の「電車が来ます, 危険ですからお下がりください」 の馬鹿的アナウンスを何とも思わない百姓団体御一行様には, 無駄だがな. ケッ.

いづれにせよ, 世界にはリスクを冒すことを気持良いと思い, どうしても百姓が勤まらない奴というのが居るものなのだ. それにしても, だ. 俺はオワダマサコはあまり好きではない. 好きでも嫌いでもないな. どうでもいいよ. あんな奴は. しかし, だ. 彼女がパタリロと結婚させられようとしているのに, これを救い出して拐ってゆ く正義の味方が日本人男子に一人も居なかった, というのは, 歴史上まれに見る 汚点だと思うね. そんな国は, 戦争に負けて当然だ. そうそう. 関係ないが, オワダマサコといえば, 俺は 石川 が, その飼い犬の「しょこら」をバラして食っちまったら有名になれるかどうか, しきりに思案していたのをいつも思い出すのだ.



(*)ユベール= デュシャン `海賊' p.143 文庫クセジュ 白水社 1965
(**)本多勝一 `冒険と日本人' 朝日文庫 朝日新聞社 昭和 61年