あーあ. 春が来ちまったよ


冬は終ってしまったのである. 今日は結構寒いが, しかし, それがいつまでも続くわけではない. もう終りだ. まだ, 南極に太陽が当たってはいるが, それもあとひと月のことだ. 毎日太陽が出ている時間が増えてゆき, 気温は上昇してゆき, 雪と氷はとけてゆく.

最近, わしの気に入っているスポーツ(なのか?)に, アイスクライミングがある. 寒いところでは滝や崖から浸みだす水が凍るので, それを登って喜ぶという遊び だ. 日本では, 冬の遊びである. わしは, スキーもやるのだが, 最近は冬は専らコレですわ.

アイスクライミングもスキーも, 一見違うが結構共通するところがある.

ちがうところは, 自明でしょう.

スポーツが面白いためには適当なストレスが必要で, アイスクライミングにおけるそれは, 墜落の恐怖と寒さだ. 年末に墜落して登れなかった滝に, 2/20, 21 で復讐を果して来たが, その日はかなり寒かった. つまり, 墜落の恐怖も寒さも, 最高に強まった状態で あった.

寒さというのは, じっさい, かなりのストレスになる. 寒いところでは, 生活のあらゆる側面に気を配る必要がある. 我々の間で, よく知られた法則に, つぎのようなものがある.

n=k
この等式の意味するところは, 濡れたもの(n) は, 凍る(k)というもので, 普段濡れた状態で存在しているものも, そのままでの存在を決して許されないのである. 身の回りの液体で, 冬山で凍らないものは, 次の通りだ.
  1. 味噌(いきなり液体でなくてすまん).
  2. ウィスキー, ブランデー, ウォッカ.
  3. ガソリン
それ以外は全部凍る. 肉も野菜もワインもビー ルも水筒の水と水筒の蓋も, 帽子を被ってない髪の毛も, ナベの底のスープも, レトルトの中身も, 飯も米も そしてちょっと油断した手や顔や足の指も, みんな凍ってしまうのである. 米は, 凍ると炊いたときに小さく砕けてしまうようだ. 気温は, 先週で -15度. ご家庭の冷凍庫では, ちょっと出せない温度だが, まあ, 冷凍庫で暮らしていると考えるといいかも. でも, 服は別に特別なものを着ているわけではない. 俺の服装は, 下から, 化繊Tシャツ, 混紡カッターシャツ, フリース, gore の 上着であり, 下界でアウトドア風味の格好をしている人と, 同じようなものだ. もちろん, このかっこうだから, じっとしてるとむちゃくちゃ寒いけどね. じっとしてるときのために, ダウンジャケット持っている人も居たな.

テントの中は, 調理に使うバーナをたいてる時は暖かい. そして, 暖かくなると, 急に体じゅうがリラックスしてくるのがわかる. つまり, 普段は, 熱を奪われないように「キッ」と緊張しているというのが, こ のときわかる. バーナは食事中は, つけっぱなしにしておく. 食事してるときくらい, リラックスしたいではないか. しかし, バーナを消して, 寝袋にもぐったら, 寝袋の外に置いてあるものは, テントの中にあろうが外にあろうが, 全部凍ってしまう. 夜中に水を飲みたければ, 魔法瓶に入れておかねばならない. あるいは, 水筒を 寝袋の中で抱いて寝るか. そうそう. ションベンを寝る前にするのをわすれてはいけない. なんせ, 表に出るには, ゴアテックスを着て, 登山靴(むちゃくちゃ冷たくなってる!)を はき, スパッツをつけないといけないのだ.

なにかにつけ, 独特の注意深さが必要だ. 冷凍庫から出したばかりの金属に触れると, 手がくっつくという経験があるだろ うが, アレが全てに当てはまる. 朝起きて, 何かに触るときは要注意だ. 不用意に金属製品に触ると手がくっつく. これは, 手の組織から金属に熱が奪われて, 組織が凍ったということだ. ひどい場合には凍傷ということもありうる. それに, 表面は金属で, 中身は氷とかガソリンだったら, 熱伝導率は高く, しかも熱容量も大きいので, ひどい凍傷になる可能性がある. それに, くっついてるのをむりやり引っ張ると剥げるかも. 手の組織は頑丈だから, 金属にちょっと触れたくらいではげたりしないが, 口には注意しなければならない. クライミング中に, 手が足りなくて口を使ってしまうことがあるが, カラビナなどのアルミ製品は熱伝導率が非常に良いので, 口に触れて一瞬で凍り付く. あわてて引っ張ると口の組織が脱落するので, ここはじっくり融けるのを待つのが良策だ. 口は基本的によく保温されている ので(体温を計るところだしね), そのうち凍り付いた組織も融ける. 急いで引っ張ると, 組織が剥げる. まあ, そうなったからといっても, 別に致命的な怪我にはならない. 熱いスープで火傷したときみたいな感じ. それよりも, ものの本によると, 極端な低温に置かれていたアルコール飲料を飲む ときに, 注意しなければならないという. 喉が凍ると致命的だそうだ.

テントの壁では, 料理や自分の呼吸から発生した水蒸気が凍り付いて霜になる. 風が吹くとそれが, 雪のように降って来る. 朝起きると壁一面, 霜なので, 頭や服がくっつかないように気を付けるか, ある いは帽子や gore tex のジャケットを着ないといけない. なにかにつけて, こういった注意をしなければならないので, 普通に生きてゆく だけで, 何か知らんが, 力が必要だ. 体力以外の力, ストレスを克服する, ユーモアのセンスのようなものが.

そして, 氷登りはおっかない. 打ち込んだピックは, いつ抜けるかもしれない. 「そういや, 最後に打ったアイスピトンは, 氷が途中から空洞だったなあ. 」 「この氷柱は, ごっそり崩れるかもしれないぞ. 」 など考えはじめるとキリがない. 暴走する不安が快感を生む.

しかし, もう冬は終り, 花粉飛び交う春が来てしまった.