美術部探検隊 その1


めちゃくちゃに長いので, 初の連載としよう. 第 1回である.

東工大の美術部には探検隊がある. 美術部の探検隊だから, 何か本格的な南極探検とか火星探検とか海底探検とかを 期待しても無駄だ. 単に, おもいつきでシュワワーッとあちこちでかけているだけだから, どっちかというと「椎名誠と怪しい探検隊」と同じようなものだ.

しかしながら, 美術部探検隊は, 生い立ちも活動も, 怪しい探検隊とは何の関係 もない. わしらの探検隊ができたのは1992年のことである. わしは, その創立から関わったメンバーであるが, 創立にかかわってないメンバー はあまり居ないので, 全然メンツは増えてないような気もする.

美術部探検隊の誕生に影響を及ぼしたものを列挙してみよう.

こういうロクでもないものに影響されてできた集団である. 要するにわしらは
  1. 近所の洞窟に
  2. 川口浩探検隊のスタイルで,
  3. 思い付くままの特攻をかけて
  4. クリムゾンの「宮殿」を聞く
という団体なのである. 全然わけがわかりませんね.

できた当時はしきりに「タイチョー!タイチョー! 大変です!!!」などと絶叫していたものだ. この調子で奥多摩の鍾乳洞にヘッドランプは持たずに, しかしラジカセは持ち込み, クリムゾンの「宮殿」を聞き, キャンプ用のバーナが無いので焚火でカレーを作り, 作りすぎて食べ切れず道端 に穴を掘って埋めて「カレー墓場」とするような, そういうアホ丸出しの団体で あった. 洞窟に行ったことのない人のために説明すると, 洞窟にヘッドランプ無しで行くのは, フルチンで街を歩くようなものである. いや, ちょっと違うな. 素手で電柱倒そうとするようなものである. いや. だいぶ違うな. まあ, 要するに, 全然ダメだってことだ.

先輩が居たわけじゃあないので, 新しい技術の習得はいつもぶっつけ本番だ. 洞窟の立て穴技術や, 屋久島, 谷川岳の本番, 残雪の穂高に, 吹雪の八ヶ岳, 氷瀑, 全部イキナリ行ってみたところだから, 不本意ながら, ヤラセなしの大ピンチの連続だった. 今にして思えば, 死人が出ていてもおかしくなかったのだが, たまたま今に至るま で, 怪我人すら出ていない. 単に運が良いというのもあったが, みんな体力もあり運動神経も良く, 精神的にもタフだったというのもある.

ピンチには, 俺が直接かかわっただけで

こんな感じですよ. でも, やっぱり最高の特攻は, これは探検隊が結成されるまえの事なんですが, セキの富士山行方不明事件でしょう. 980円の, 「大中」で買ったカンフーシューズに工事用ヘルメット, シャツ, G パン, タオルを持ち, 懐中電灯ならび水と食糧はゼロという装備で 山頂まで特攻し, 臨死体験を経て生還した事件だ. 俺も捜索隊に混じって富士山で捜索したものだ. あれはマジでアホでしたね. 富士山が探検隊の魂の故郷と言われるゆえんである. それに, 一時期, 行くところが無くなると樹海でキャンプしてた.

まあとにかく, 最初は何を持って行けば良いかも判らないので, 食事とかも, マジでめちゃくちゃだったのである.