美術部探検隊 その2


連載 第2回である.

さて, わしらの探検隊は, 何がどう「探検」なのか. それは, あまりちゃんと調べずに, とりあえずいきなり行ってみるというスタイ ルが探検なのだとおもう. 知らないところへ行くのは, 未知の要素に満ちていて, その辺が探検なのだ. 最近は, 海, 山, 川と一通り行き尽くした感があり, 特に冬山あたりでは, 最早ベテランの風格すら漂っているわしらだが, これは堕落であり, やはりわしら美術部探検隊は, 知らん所へイキナリでかけてえらいめに遭ってこそ, であろう. ずいぶんあちこちへイキナリ出かけていってえらいめに遭った.

特に, 装備とかをどうすれば良いのかわかんないのである. 最初は, なぜか部室にあった(オートバックスとかで 3000円くらいで売っている) へんてこなテントで, 製図室で寝るのに使っている寝袋をそのまま使って寝てい た. 雨が降るとものすげえ水が入って来て, テントがプールになったこともある. 最初に冬山に行ったときは, 木下が冬用のシュラフを持ってなくて, ほとんど眠れなかった. 夏用のシュラフなんか, 何枚重ねてもダメなので ある. シュラフカバーも無いので黒いゴミ用ポリ袋を被って寝たら, 袋の中に雪 が積もる. どういうことかというと, 体から出た水分がポリ袋の中で霜になって 溜ったのである.

体中が冷えきって眠れない彼のあみだした作戦は, 全身を硬直させて体温を奮い 起こし, その暖かさの中で一瞬まどろむ. そして冷え込んでくるが, そうすると目がクワッと醒める, というのを, 夕方 6時から朝6時まで 延々 12時間続けたらしい. 硬直 まどろみ 覚醒サイクルを散々繰り返して, 時計を見ると 3時だったりして, もう, 絶望のどん底である. 帰りの電車で木下がしみじみ言ったものだ. 「夜があんなに長いと思ったことは, ありませんよ」

最初に屋久島に行ったときもひどかった. 連日の雨でカッパもザックもビショ濡れで, シュラフが濡れてしまった木下は, (木下はシュラフのトラブル多いなあ. ) ロウソクでシュラフを乾かした. シュラフからは猛烈な湯気がたち登っていた. 食糧が足りないので, フジッコのおまめさんで夕食をすませ, 最低な気分で就寝した. 夜中にふと目が醒めたら, 隣でアンドンみたいにシュラフがぼうっと光っていて, 何かと思ったら木下が, 濡れたシュラフでは寝つけないので, またシュラフを乾かしているのだった. 一緒に行った村瀬は, ズボンが ジーパンで, しかもビショ濡れになっており, 海岸ではこうと思って持って来た半ズボンにはきかえたが, それでは寒くてねら れないので Tシャツを脚にはいていた. 2月中旬の気温まで下がった寒波の来襲した, 3月のある日の事であった. しかも, 次の日は劇的に快晴となって, 山頂から種子島の宇宙センターが見えたのである.

実は, 本屋でちょっと調べれば, 上にあるような失敗は防げるのだが, そこを敢えて調べないのが探検隊のやり方だ. 「見る前に飛べ」である.

イキナリ知らん所へでかけるのは, 結構楽しい. 俺はアイスクライミングなどがわりかし好きだが, これなども, 知らないオヤジに現地でいきなりいろいろ教わって 学んだものである.

知らないオヤジに学ぶのは, けっこう楽しい場合がある. 自分の技術を人に伝えることができる, というのは, 自分で勝手に登るのとは また違った楽しさがあるもので, 聞いてない事までいろいろ親切に教えてくれるのだ. 俺がアイスアックスの研ぎ方を教わったのは, 桐生山岳会のホリコシさんという 人である. ホリコシさんは, オヤジギャクの人で, オヤジな駄洒落を交えながら, アイスアックスを自分の気に入るように改造することが如何に重要であるかを, 原型を留めないまでに改造された自分のアックスを例にして教えてくれたのであっ た.

なんせ, ホリコシさんのアックスは俺のと同じモデルなんだけど, シャフトは軽量化で穴ボコだらけてあり, 塗装も全部剥いであって原型をとどめ てない. 本人にそう言われるまで気が付かなかったくらいである. そして, 究め付けはその刃先! 日本刀の切先のように, 薄く鋭く研いであるのだ. そして, 何回振り回しても虚しく氷をブチ壊すだけの俺のアイスアックスに対して, ホリコシさんのアックスはいつも一回でズバッと刺さるのであった.

その研ぎに超反応してしまった俺が, 「すげえ薄く研いでありますね!」 というと, ホリコシさんはこういった.

「ああ, でもな, 薄けりゃ良いってもんじゃねんだ. コンドームじゃねんだからな.

そう. 薄けりゃいいってもんでもないのである. しかし, わしがこれを真に学ぶためには, その後ピックを一本潰さねばならなかっ たのだった. それにしても, この, 研ぎが完璧に決まったアイスアックスの刺さり具合ときたら 無いね.

俺は右手に Mizo V1 左手に Charlet Pulsar だが, この構成は, そのとき見掛けたホリコシさんのものと全く同じなのだ. 言うまでもなく, マネである. 彼の Mizo が羨ましくて, 下界に降りて速攻で買ったものだ. mizo というのは, JECC の OB にして氷の達人 溝淵三朗が作る, プテロダクティルみたいな形のアイスアックスである. 日本製の優れた登攀用具を挙げろと言われたら, わしが思い付くのはコレですな. つうか, その他は, 特に火事田とかは, まじでロクでもないよ. 生活用品(ナベとかテントとか)は, 日本製は悪くないんだけどね.

当時, わしはホリコシさんという名前は知らなかったのだが, JECC の先輩に俺が出会った群馬県のおかしなオヤジの事を話したら, 彼もそのオヤジを知っていて, 名前が判ったのだ. なんせ, この世界は狭いからのう.

はなしが逸れたが, 今日びの日本の山へ, ちゃんと下調べをしてでかけていっても, なんも面白いことはないのだ. ぶっつけ本番を楽しもう. これが探検の真髄であり面白さである. 朝出発して, 日が暮れるまでにちゃんと帰って来て, 一体, 何が面白いのかね. 会社や学校じゃあるまいし.

その後, 洞窟の縦穴では SRT を使いこなすようになり, クライミングも上達し, 冬山に行く奴は山岳保険にも加入するようになって, むちゃくちゃ本格派になっ てしまったのであるが, 地球上には, わしらの行ったことの無い未知の場所がまだまだ広がっている. 次は南米ギアナ高地, そしてパタゴニアだ!