てゆうか, そもそも山に行くのが 1年ぶりということも あり, 何かと難儀した. たとえば, いろんな忘れ物があった. それから, 体力が絶望的に無くなっていた.
家を出るときから, 絶望的な気分だった. 最近,一番重い荷物でも, 資料の論文数本と本2冊くらいと ノートパソコンだ. それがいきなり
この荷物にはまいった. しかし, 冬山のこの荷物だけは何とかならんかね. 何ともならんよな. 寝袋をもっと良い奴に交換して, ロープを 9mm じゃなくて8.5mm に 換えれば, 多少軽くなるけどな. 2Kg くらい軽くなる? ノートパソコン分ですか. でも 25Kg が 23Kg になってもなあ. 水ポリ 1本か. やっぱりけっこう違うかも.
バス降りてから歩き始めて体力の無さを思い知る. すぐに息が切れ, 足がつりそうになった. 全く, 2年ほどまえの, 無限の体力はどこへいったんかのう. 昔は息さえ吸えば, 馬力がいくらでも湧いて来たもんだが, 今はその息が吸えん. もう駄目かも.
それにしても, その日は暑かった. 汗が額から目に落ちて来て痛かった. 腹も減って, 非常にしんどかった. なんとか滝までたどりついた. だいたい 2時間の行程だった. テントをはり, 朝飯を喰う. スパゲティとスープ. 喰ってたら, JECC の池之内さんがやってきた. まあ, この連休に氷のルートに来たら, 知合いに会わないわけがないよ.
公のテント場ではないので, 水場も無いが テント料の徴収も無い. 水はどうするかというと, 氷を融かすのである. 冬のキャンプの常識ですね.
アイスクライミングだから, 氷はそこらじゅうにある. それをアイスアックス(ピッケルともいう) でぶち割って来て, ナベに入れてバーナで融かすことで 水を生産するのだ.
氷が無い場所では雪を使う. しかし, 場所にもよるが, 雪から作った水はまずい. ホコリっぽくて, 飲めたもんじゃない. 飲むけど. それに比べると氷から作る水は, まだマシだ. 氷も, 吹きさらしの氷をとかしたものはまずい. たとえば, ツララとかね. 埃がいっぱい付いているからな.
気温が高いと, 氷の表面を水が流れているものだ. かなり気温が低くても, 陽がさすと水が流れる. 手袋に浸みて, けっこう冷たくてやな感じだから, 水が流れているのは 嫌われる. 2年まえに登ったある滝なんかは, 水がひどくて登り切って支点 (後続を確保するための, アンカー)を作る前に手袋を脱ぎ, 絞らねばならなかった程だ. 絞ったらゾーキンみたいに水がジャーっと 流れた.
その日も気温が高かったので水は覚悟していたのだが, 意外と全く水の流れていないラインが一本だけあった. そこを俺がリードしてトップロープを設置したが, なんせ 1年ぶりのアイスクライミングが 40m のピッチ(うち, 垂直 20m しかも 1998年末に 15m 墜落したところ) のリードというのは かなりびびった.
アイスクライミングを知らない人のために少し説明すると, 1970年代以降のアイスクライミングは, 両手に 1本ずつアイスアックスを 持ち, 前に出歯のついたアイゼンをはいて, デバを氷に蹴り込み, アックスのピックを氷に打ち込んで, 垂直前後の氷壁を登るテクニック のことである. なんつうか, カマキリみたいな感じだ. piolet traction という. piolet はアイスアックスのフランス語だ. なんでフランス語なんかのう. こんど調べとくよ.
なんつうか, 体が固いと言うか重いというか, 動きが鈍いっつうか なんとも形容しがたいコンディションで, 多分, 俺がリードしない方が良かったと思うんだよね. なんせ, 登るのに 2時間かかったからな. でも, あのメンバー構成だと, あそこでリードすべきなのは俺なんだよな.
トップで登るというのは, 技術や体力もだが, まず第一に気合いである. トップの墜落は, 十分な安全措置を講じるのが難しい場合が多いので, 事故の確率も高く, しかも重大なことになりがちだ. だから, 技術も重要だが, それを活かすには墜落のプレッシャーを 克服せねばならない.
しかし, 気合いが最低に減ってしまう瞬間がおとずれた. 垂直部分を登っていると, その上に垂直よりも傾斜が弱いところが あっても, 登っている自分には見えない. あと, 5m くらいかな, と思っていて, さらに 5m ほど壁が続いている ことを知った瞬間, 俺は「これに比べりゃ日栄の方がマシだ」 と思ったね.
中間支点のアイスピトンにぶら下がったまま, 進退を考えた. このまま安全に降りることはできる. ロープにブラさがって, 降ろしてもらえばいいのだ. まだ 10m ちかく登らないといけないのに, アイスピトンは全部使ってしまった. 次に登る奴は, 俺が最後に打ったこのピトンまではトップロープで 安全に登ることができるから, 楽なはずだ. 下で使ったピトンを回収すれば, ここから上も安全に登れる. 俺は十分にやることはやったよ. もう降りてもいいじゃないか.
そう考えたが, ツララを食べながらしばらくすると, 考えがかわった. まだ墜落もしてないのに, 自分から降りることはない. どうせ降りるんなら, 力尽きて墜落してからでも遅くはない. 今うったアイスピトンはよく効いている. ロープも 30m は伸ばしているので, 墜落してもそれほどの衝撃には ならないだろう(1) . アイスピトンの支持力は 1500kgw 以上で 石灰岩に打設したステンレスボルトにも匹敵するというからな. だから, 今いるところから上で墜落しても, 地面まで落ちることは無い. 途中に変なでっぱりも無いので, 最悪ちょっとした打撲で済むはず. よーし. 落ちてもいいや.
突如として気合いがみなぎった. そこから上は, 傾斜が弱くて腕力を使わなくてもバランスだけで 壁に立てるところだったのも幸いした. まだ誰も登ってない壁をリードするのは良い気分だ. たとえそれが 2 時間かかったとしてもな.
トップロープさえできてしまえば, あとは氷遊園地だ. 南沢大滝(わしらが登っている滝)は, アプローチが楽なわりにでかくて難しいというので人気のルートだ. わしがトップロープを設置して降りたら, 他のパーティーが 2つやってき た. 一つは G 登攀クラブという山岳会で, 気合いが入っていることで有名な グループの若手集団. もう一つはガイドのオヤジとその妻. オヤジは現役オールドタイマーで 渋い感じ.
G の人びとは気合いも体力も十分で, しかもうまかった. それにしても, リードした G のホンマ君が氷を落とすのには参った. 同時に木下が左のツララ部分を登り, そっちからも氷が落ちて来て 戦場のように礫が飛び交い, えらい騒ぎである. 顔に一発食らって唇の上が切れ, 血がでた. このように, ひっきりなしに氷が落ちて来るアイスクライミングでは, ヘルメットは必須である. 万一でかい氷を食らって失神でもしたら, そのまま墜落して 死亡というケースもある. でかい氷の塊は 何キロもあるので, 直撃を食らったら骨折もする.
俺の番が廻って来たとき, G の人から, ロープを掛け間違えたので 直してくれという頼みが入ったので上まで抜けて, 作業した. 俺もやったことのある間違いだ. 下に降りてから, ちょっと G のホンマ氏と話をする.
結局, 一人 2本登って終了した. テントに帰ってからお茶のんでとりあえず寝る. 6時ころ起きて, 夕食を作る. 隣には G のテント. 隣もやはり夕食と, その後の宴会. JECC よりもマジメで, 8時には全員一斉に寝ていた.
G 登攀クラブでは, 最近何度か事故があったようで, その話をしている. 雪崩から, 事故者を掘り出したら足から出て来た. しかし, いくら掘っても胴体が出て来ない. おかしーなーと思ったら, 実は足は骨折して逆に曲がっていて 胴体は反対側に埋まっていたとか, そんな話を延々とやっている.
そんななか, そのパーティーに一人居たベテランの言った良いセリフ.
おまえらなあ. 死んじゃ駄目だぞ. 隣のパーティーのロープ掴んでも, もう, 何しても良いから 生きろ. 生きてりゃ「御免なさい」って謝れば済むんだから. でも, 死んだらおしまいだ.
夜は雪が激しく降った. 春みたいな重く湿った雪だった. 朝飯喰ってたら, 降りやんだ. 20cm 以上積もった.
次の日も大滝にでかけた. その日は木下がリードした. 他に 2パーティーがやってきた. G は別の沢の滝にでかけたらしい. 木下も瀬田もずいぶんうまくなったなあ. 特に, 木下はずいぶんうまくなった. もう俺と変わらないってゆうか, 俺よりうまい.
帰りは, 夜に降った雪もほとんど融けていた. バス停の山小屋でフロ入って帰った. 帰りの電車では瀬田がピックを研ぎまくって若干難儀した.