尾白川下流アイスクライミング


吉川さんと尾白川下流にアイスクライミング行った。 日帰りで。

尾白川は甲斐駒の北面の川で、 途中まで林道が来ててあんまり歩かなくて良いのである。 そういうところは近年の常として氷の状態が良くない(氷があれば、 のはなしだが)のだが、今年は多少冷え込んでいるので、 けっこう登れるというはなしだ。

はたしてどうなのであろうか。 俺はこれが今シーズン初めての氷で、 例年、シーズン初めての氷は非常に具合悪いもんだが、 そのへんもどうなのであろうか。

夜中に黒戸尾根の末端に着いた。 竹宇神社の駐車場で、車ん中で寝り。

食糧を買い出しにいく時間が無かったので、 全部コンビニになっちまった。 火を使って調理するのは朝食だけだが、 これが必殺の餅ラーメンである。 餅ラー! これだけは食いたくなかった! が、しょうがない。 選択の余地が無かったのである。

ちょっと酒飲んで、午前2時頃に寝る。

あーあ。餅ラーだよ。餅ラー。 なんてこった。 英語風に言えば、 「これは私が食べたいと思う最後のものだ」 ってやつだ。 特に、餅にラーメンがからみついちゃってるところとか。 わびしさきわまるね。

水もお茶も全然持って来てないので、 どうも脱水気味で動きも悪かった。 一方、吉川さんは正月に北鎌尾根をヤってるだけに、 絶好調の感じである。 夏はチャリであちこちはしりまわっているもようで、 去年より体力もかなり向上している印象。

最初にいったβルンゼは必殺のラッセルで、 全くもって蟻地獄状態。 もがいてももがいても前進せず、参った。 俺は、アプローチの楽な氷ルートと聞いていたので、 ヘビーなラッセルに対する備えは全然無くて、 ロングスパッツすら持って来てなく、 ズボンのインナースパッツだけでもがいていたが、 意外と大丈夫だった。

最終的に 50m くらいの傾斜の緩い滝を登り、同ルートを下降。 この滝は技術的に全然問題なし。

さて、帰りだ。 これは私見だが、アルパインの極意は帰りにある。 これは、登って既にしんどくなっているということと、 面倒なところを過ぎて気が緩むということによる。

途中、ナメ状のゆるい傾斜の部分をずっとビレイ無しで登って来たのだが、 上からこれを見ると、懸垂下降した方がやや良さげなかんじ。 間違ってコケても死にはしないが、歩けなくなるくらいの怪我はしそうだ。 このへん、躊躇なくロープを出す判断の基準が 俺と吉川さんはかなりよく一致していて、 一緒に行動していて気分が良い。 登るときも、フリーソロで行動できる限界が、わりとよく一致している感じ。 吉川さんが俺に合わせてくれているだけなのかもしれないが。

50mロープ二つ折の 25m を降りたが、 ナメ状はまだまだ続き、もう一本のロープを継ぎ足して 50m まとめて懸垂したほうがよさげ、との吉川さんの判断で、 もう一本継ぎ足す。 で、引っ張ってみる。 ちょっと重いが、ちゃんと回収できそうな感じ。

二人降りてから、回収にかかる。 ハーネスを使って全体重をかけて引っ張ると、なんとか回収できる感じ。 二人で思いきり引っ張ってたら、お約束ですな。ははは。 アルパインやってるひとならもう判るでしょう。 そう。 ロープがひっかかって動かなくなっちゃいました。笑。

まさにこのへんはマーフィーの法則そのものですな。

しょうがないので、また俺がフリーソロで登る。 二本のロープを継いだ結び目が、フレーク状の岩の割れ目に キッチリとチョックストーン状にはさまって、 どんなに引っ張っても絶対抜けない状態になっていました。 いわゆる一つのナチュラルプロテクションとなっています。 俺一人くらいなら、墜落係数1くらい平気でもちこたえそうだ。 当然、下からロープをゆすってみたが、絶対にとれない感じ。

要するに、結局、懸垂下降じゃなくて、クライムダウンになっちまったわけ。 でも、これがないと、アルパインって気がしないよな。 こう、一旦ロープで安全に降りたルートを、 ビレイ無しで登り返すアホくささ。 そして、せっかく安全対策を講じて懸垂したのに、 その区間を結局フリーソロでクライムダウンするアホくささ。 このアホくささを笑って済ますユーモアのセンスというか余裕が、 アルパインクライミングには必要だ。

どうするのが一番危険が少なくて楽しめるかを総合的に判断する、 ここにこそアルパインクライミングの真髄が存在する。

林道に降りて来たら、まだ 14時まえだったので、 もう一発。錦滝という垂直ギミ40mというのを登る。

一人一回リードして、最後に吉川さんがフォローでもう一回登って来た。

それにしても、俺のアイスアックスはなんでこんなによく刺さるんだ。 凄いぞ北辰。 周囲の外国産の製品に比べても、明らかに切れ味が違う。 とにかく、登ってても打ち直すことがほとんど無い。 ほとんど常に一回でズバっと決まる。 しかも、ほんの僅かなバックスイングで、 「ザクッ」と決まる。 吉川さんによると、 もう、音からして違うそうな。 今回は今シーズン初めての氷だったが、 あまりヘタクソになってない感じがしたのは、 きっとダブル北辰のおかげだな。

さて、今回、二人とも新たな戦力を投入していたのである。 その戦力と、効果の程を紹介しようではないか。

まず、吉川さんだが、 アイスアックス リーシュ (リストループ)の クイックリリースシステムである。 これは、シャフトとリーシュを特殊なリンクで繋ぐもので、 片手の操作で簡単にリーシュとアックス本体を分離できる仕掛けである。 そんな仕掛けの何がありがたいんじゃ? と思う奴は、 自分でプロテクションを作った事のないおめでたい奴だな。

リードすると中間支点の工作というものが一般に必要になる。 それが必要でない奴はそのうち落ちて死ぬか、 ハイキングかどちらかであろう。 どういう作業かというと、氷にアイスピトンを設置してランナーをとったり、 岩角に補助ロープを巻き付けてそれを支点に使ったり、 といったものだ。 これらの作業を手首からアイスアックスをブラ下げたままやると、 非常に具合が悪いのは自明であろう。 アイスアックスはけっこう重いので、これをブラさげたままアイスピトンを回すのは しんどすぎるし、服なんかにもひっかかる。 また、岩場ではピックが岩に当たって、 「核心に到達するまえに岩に当ててピックを潰す」 というマーフィーの法則が成り立ったりすることになる。

これが、手首からリストループがブラ下がっている、という状態になれば、 一気に負担が軽減されるのも、また自明であろう。 特殊なリンクのおかげで、片手で簡単に分離結合できるのであれば、 リードする上で大変な負担軽減になるのである。

ちなみに俺はどうしてるかというと、 リストループを1回転捻る、というので対応している。 登る時は内側に一回ひねり、 手首から外す時はこれを戻すってわけ。 この方法はそれなりに便利だが、 進退窮まって来た時にリストループが緩く感じたり、 うまくはめられなかったり、といった問題も発生するので、 クイックリリースシステムに比較すると不利は否めない。

さて、俺の導入したのは Magnetic OyasumiHook System。 略して MOS である。 なにかというと、 ハーネスに HDD をバラして出て来た小型強力磁石を装備しておき、 お休みフックをこれにくっつけとく、というものだ。

これは、俺の発明ではない。 JECC の偉大なる先輩、 二宮ヤスオ様より教わった知恵を俺なりに実装してみたというわけ。 今じゃ小さくて強力な磁石が簡単に手に入るのでね。

どちらのシステムも相当の成果をあげて、その有効性を証明した山行であった。

新しいシステムを導入したり発明したりする工夫。 各場面における危険の評価と決断。 ルートあるいは自分や仲間の状態を把握する観察力と洞察。 それらを総合的に見て全体の展開の見当をつける戦略的センス。 やっぱアルパインしか無いでしょう! ま、この辺が判らないお子様は、 バナナ食いながら体育館の壁にネジどめしたでっぱりで遊ぶくらいで止めときなってこった。

帰りに甲府でトンカツ食って帰った。 トンカツ屋の客の、実に80%ぐらいがデブだった。 隣に座ったデブが、「カツどん、大盛りで」。

「おまえは並にしとけ」 というツッコミを俺が我慢するのがどんなに大変だったか…