低体温症について

今日は所属クラブの所属団体である, 東京都勤労者山岳連盟の学習会で, 低体温症について山岳救助や低温障害の治療の経験が深い医師の先生を招いて勉強した. 若干思うところがあるので, それをわすれないうちにまとめておきたい.

低体温症自体については wikipedia (ja) に十分に詳しく正確な記事があるので, それを見てほしい. その上で俺が言いたいことは, アルパインクライマーがこの問題に対して如何に立ち向かうべきか, という事である. ハイキングやフリークライマーについてはこの文書では対象としない.

アルパインクライマーは, ある確率で, 低体温症にかかることを避けられない. その確率は一定ではなく, 判断と登攀技術によって低減させる事は可能だが, ある一定未満にはならないし, それは当然0ではない. なぜならば, アルパインクライマーは困難な状況下でビレイをせねばならないからだ.

ビレイ中は, 好きなように動ける範囲はセルフビレイの長さに制限されるし, 動ける量も限られているので, 自分が作り出せる熱量も限られている. これにたいして登攀活動中は, 案外運動量が多いので, 体温の低下の危険はビレイに比べればマシである. これは, 多少なりとも面倒なルートを冬に登ったことがあれば, 誰でも経験があると思う.

十分な熱を生み出せない場合, 非常に短時間で体温を維持できなくなる危険がある. あまりお天気がよろしくないか, あるいは厳しいルートを軽装で攻略していれば, 200W の運動をして, ようやく体温が維持できてる, というのはアルパインクライミングとして十分に自然な条件である. このとき, ビレイで動きが制限されて運動ができなくなれば, 200W の熱量が失われる. 200Wで加熱されていて体温が平衡しているところから加熱が無くなるのだから当然である.

つまり一秒間に 200J のエネルギーである. これは 50カロリー/秒であり. 1分間に 3キロ カロリーである. 体重60kgのクライマーであれば, 10分で0.5度の温度低下にあたる. 36度あった体温が34度まで下がるのに, 40 分である. 34度という体温は, 十分に低く, 頭がパーになって判断できなくなったり, 協調運動(バランスをとったりすること)ができなくなったりする体温である.

判断できない, というのは表現が具体性に欠けると思うのでもっとはっきり言おう. この時点ではもう, 自分が低体温症になっている事が自分では判らない, ということである. たとえあなたが低体温症について, 十分な理解と経験を持っており, 低体温症についての基礎医学の論文を執筆して, それが Nature や Science といった一流の学術誌に掲載されるぐらいの知見を持っていたとしても, 自分が低体温症になったことは判らないのである.

ここが低体温症のおそろしいところだ. 最初に頭がいかれるのだ. だから判らないのである.

これが運動中であれば, 協調運動の不備や対応への遅れが判断の低下に先立って現れる可能性もある(個人や状況によってこれら不具合の出現する順番は違うようだ)が, ビレイ中に十分体温が下がってしまえば, 体温の低下を自分で知ることはできない. 唯一の兆候は震えだが, いずれにせビレイ中に新たに熱源を確保できるわけではないので, そこから何かができるというわけではない.

まとめるとこうなるだろう.

その対策としては

というあたりになると思う. いずれにせよ, 下半身まで羽毛服を着るわけにもいかないので, 防寒対策に100%はありえないし, 全部のピッチをコンティニュアスでいけるわけもないので, ビレイ中の低体温症を完全に防ぐことはできない. したがって, ある確率でアルパインクライマーは低体温症にかかり, その確率をゼロにすることはできない.

幸運を祈る.

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