その他の装備について


保温

アイスクライミングでは、けっこう手首がリストループで締めつけられるので、 特に、リードする人は手が冷たくなりがちだ。 むちゃくちゃに手が冷たくなったら、握力とかも無くなるし、アックスのコント ロールも効かないし、ビビッてくるし、ろくなことはないので、手が冷たくなり すぎないようにする工夫は結構重要だ。

じつは、手がむちゃくちゃに冷たくなるのには理由がある。それは、血の巡りが 悪くなる事だ。リストループを締めると手首から先の血の巡りが悪くなるのは当 然である。しかし、それ以外にじつは、手の血の巡りが悪くなる原因があるのだ。 それは、全身の保温の不足である。

人間は、熱帯で進化した動物なので、熱を発散する能力は悪くないのだが、熱を 貯えておく能力や、熱が奪われてもそれに適応する能力なんかは全然無いのだ。 具体的に言うと、人間はアザラシみたいに皮膚の下に脂肪を貯えていないので、 冷たい水の中に居るとあっというまに熱を奪われて、1時間くらいで死んでしま う。また、北極熊みたいに立派な毛皮を持っていないので、服を着ずに激しい吹 雪の中に居ると、あっというまに体温を奪われて、凍傷になったりする。 また、動物の中には冬に体力を節約するために冬眠するものが居るが、そういっ た動物の中には体温を極限まで下げるモードを持っているものが居る。しかし、 人間がそういうことをすると、体温が 35度くらいまで下がった時に絶対に目が 醒めてしまう。というか、醒めない時は、そのまま死んでしまう。そういう場合 の直接の死因は、体温の低下のために起こる心不全である。 一部の人は、体温が下がり続けても安全に眠り続けている事がで きることが知られているが、そのメカニズムは良くわかっていない。

こういう人間の持つ、保温のメカニズムは、2つしか無い。それは、末梢への血 流を制限することと、振るえる事である。前者は手足などから熱が奪われるのを 防ぐ反射であり、後者は奪われた熱を回復するための、不随意的で非協調的な反 射運動だ。

これが、アイスクライマーが活動するような環境でどうまずいのかを説明しよう。 末梢への血流を制限すると、それら血流を制限された器官は温度が低下する。と ころが、氷点を遥かに下回る環境で活動するものにとっては、それは時にはそれ ら器官の組織の凍結、つまり凍傷を意味するのだ。 多少の温度が保てるよりは、手が凍らない方が重要である事は考えるまでもない ことだが、残念ながら人間の体はそうはなっていないのだ。 馬鹿の一つ覚えで血管を締めるしか能が無い。 凍傷が具体的に組織にたいして与える損傷は、結構めんどくさい機構があるのだ が、とにかくそういうわけで、凍傷とは人間の保温機構が対処できない環境にお ける、バグみたいなものなのだ。

また、震えで熱を作りだすというメカニズムもお粗末きわまりないもので、体温 が下がり続けるような厳しい環境に於いては、そのような瑣末な運動でつくり出 せる熱などたかが知れており、体温の低下を防ぐ事などできないのだ。 一方、震えはれっきとした運動なので、それら栄養を熱に変換するわけだから、 貴重な栄養を消費する。また、震えは非協調的な運動なので、高度なバラ ンスを必要とするクライミングなどの活動に妨げになる。つまり、震えも百害あっ て一利無し。というところだ。

そういうわけで、人間の持つ保温のメカニズムは、マイクロソフトのファイルシ ステムと同じように場当たりで、見通しがなく、バグだらけで性能も悪いのであ る。

だから、手先が冷えるのを防止するには、暖かい手袋を用意するだけでは 十分ではない。というより、本質的な解決にはならない。 手先が冷えるのは血流が滞るためであり、それを防止するには全身の保温を改善 し、末梢の血管を収縮させる反射が起こらないように気を付けないといけないの だ。アイスクライミングのような、寒い所で手先を締めつける活動では、これは 特に重要な事なのだ。

全身の保温である。下半身の保温も非常に重要だ。それから、頭の保温も重要だ。 頭はほとんど脂肪が無く、頭蓋骨は熱を良く伝える上に、脳は血流確保優先度が 最高にランクされている器官なので、頭から逃げて行く熱は多い。

ロープ

斜面が緩くて暖かいと、絶対に水が流れていてロープは氷に接触している ので、ロープが凍り付く。私は幸いにして、エーデルワイスのストラトス 8000 以外はほとんど使った事が無いので、何とも言えないのだが、「ド ライ」加工でないロープが濡れて凍り付いた場合のビレイは、事実上不可 能である。ロープと呼ぶにふさわしい性質は、完全に失われ、どっちかと いうと「棒」になってしまう。だから、これからロープを買う人は、絶対 に「ドライ」の奴を買うべきだ。

ヘルメット

アイスクライミングでは、氷が沢山降って来る。ビレイヤーは、沢山降っ て来る氷を避けたり、あるいは避けられなかったりするので、大変危険だ。 トップの腕前によっては、リードするより危険だろう。だから、ヘルメッ トは必須である。

ちゃんと登山用のヘルメットをかぶろう。サイズを選ぶ時に注意しよう。 帽子をかぶったまま使える大きさのものを選ぶのが大切だ。