氷壁の登攀技術のなかで、緩い斜面で行動するための技術は、やや補助的な役割 しか無いように思える。確かに、傾斜が強い氷壁は緩い氷壁よりも難しいので、 ルートの難しさは傾斜、高さ、氷の質で決まるのであり、そこに緩い斜面の介在 する余地は無い。それにもかかわらず、緩い斜面で行動する技術は重要だ。
アイゼンの出歯を蹴り込んで氷壁に足場を得る技術を「フロントポイント」とい うが、この技術が要求する肉体的条件は明白だ。それは、フクラハギの疲労であ る。でかい荷物をしょってたりすると、あっというまに耐えられなくなってしま う。
だから、アイスクライミングでは握力だけでなく、ふくらはぎ力も、節約せねば ならない有限の資源なのだ。極めて傾斜が強い場所でふくらはぎの筋力を節約す る場面など無いから、あとは、どれだけフロントポイントを使う時間を減らせる かにかかっている。フロントポイントを使わずに行動できる範囲をひろげれば、 それだけ有限の資源を温存する事が出来る。
緩い傾斜の場所で「フラットフット」で安定して行動できるかどうかは、したがっ て、長いルートの攻略では極めて本質的な技術なのだ。クライミングは、リード とフォローだけではなく、ビレイという作業もある。ビレイの間、落ち着いたフ ラットフットを使えるのと、そうでないのでは、ずいぶんふくらはぎの疲れが違 うものだ。
アイスアックスの持ち方も、斜面の角度に応じて変えた方がスピードアップにな る。いつもフロントポイントで、アックスのハンドルを握って振り回しているの は、車の運転でシフトアップしないのと同じだ。確かに、ずっとローギアで運転 していても、目的地には着くかも知れないが、車は壊れるだろうし、燃料も無 くなるだろうし、おまけに時間もかかる。 だから、斜面が緩くて、アイスアックスが体重を支える必要が無い所では、次 のような持ち方に切替えるのが良い。その方が、細かく手がかりを作る事が出 来るし、打ち込む深さも加減しやすいから、ピックが抜けなくなる事もない。