いろんなスパイラル(2005/11/07)


昨日は、でかいかまきりが居た。オオカマキリの雌。 こいつは先日、門扉の上で赤トンボをつかまえて食ってたやつだろう。

ケータイの背景に設定した。

この庭にはけっこういろんな種類のカマキリが居て、引っ越して来た年には他に、 コカマキリ(茶色い小さいやつ)とハラビロカマキリ(オオカマキリが タテに半分くらいに詰まったようなやつ)をみかけた。

メジロ、シジュウカラは毎日来る。 こいつらは茂みに居ると、人がとおりかかっても逃げない。 多分、こっちに見付かってないと思っているのだろう。 だから、よそ見して、こっちも見付けてないフリをしてやる。 庭の柿にカラス(ハシブトガラス)が来てた。 こいつは話かけたらすぐ近く手が届く距離に飛んで来た。 愉快な奴だ。何かもらえると思ったのだろうか。 何もやらなかったらしばらくして飛び去った。 カラスは田舎のヤンキーみたいでなんかムカつくと思ってたが、 近くでみるとけっこうかわいい。

自転車

どうも乗り方がここ最近いまいちマズくて後ろがよくスリップしてたせいか、 前はまだ金型のバリ山がセンターに残ってるのに、後ろは 既にやや消耗ギミになってしまった。

もったいないから前後入れ換えた。

しかしながら、これはあまりやらない方が良いと思う。 特に、けっこう減ってセンター部分がぺったんこ気味になったような 後ろタイヤを前に持って来るのは 非常に危険であり、絶対にやめたほうがよい。 だって、前はイザというときには後ろの比じゃない負担がかかるからね。 だから、運転技術に自信があればあるほど、これは止めた方が良い。

特攻メンタリティ

特攻メンタリティと仮に呼ぼう。 様々なリスクを無視し恐怖を克服して自分だけは大丈夫といわんばかりに特攻する精神習慣の事だ。

自転車でコーナーで落車しても、俺は全く恐ろしくならない。 その当のコーナーを次の周回でも全開で攻めることができる。 今度は大丈夫だと思っているからだ。 ブレーキケーブルが切れたら、とか、タイヤがいかれたら、などと 乗る前に考える事はあるが、 カーブの入口にさしかかったときは、 そんな事は絶対に考えない。思いだしさえしない。 実際、カーブの入口で考えねばならないことは他にもたくさんあるので、 そんなしょうもない事を考えている暇は無い。 それはつまり、どこをどう通れば速くてかつ安全か、 俺の前輪のタイヤはどこまでふん張れるか、 俺の前や後ろを走ってる奴は、どれくらい元気か、といったような事だ。

自転車やる前からそうだった。 俺はアルパインクライミングでトップで何度墜落しても、 やめる気にはならない。

ちょっと吹き過ぎだな。 アルパインでトップ引いてて墜落するのは、自転車でコケるのとは 比較にならない心理的なダメージがある。 こいつは、一度死んで生まれ変わった感じがするくらいの衝撃だ。 まぁ実際、トップ引いてて落ちたらけっこう普通に重傷とか死んだりするから、 「感じがするくらい」ってのは割引過ぎの表現だ。 土人の成人式で使われるのもむべなるかな、だよ。 アレはわざと落ちるわけだが、 それに比べてこっちは別に落ちたくて落ちてるわけじゃないしな。 そんなわけで、いくら特攻な俺様といえども、 さすがに墜落したその当のピッチをそのままトップ引いて登り続けた事は一度もない。

きいた話では、F1の運転手も、やっぱり特攻メンタリティの持ち主らしい。 それはそうだろう。 戦闘機パイロットもそのはずだ。 そりゃたしかにヒコーキは壊れるかもしれない。 でも、そんなこと考えてたら実際にはヒコーキが壊れるまえに 自分が墜落しちゃうもんね。 こういった道徳観を端的に表した言葉が幾つかあって、 たとえば Yvon Chouinard の 「ビバーク用具を持って行くとビバークすることになる」 S.A.S. のモットーは「危険を冒す者が勝利する」 なんてのがそれにあたるだろう。

だが、いずれは、そうでなくなる日が来るのだという。 これは二つのパターンがある。 つまり、その本人が居なくなる場合と、 特攻メンタリティをなくす場合だ。 特攻メンタリティの正体は一種のへんてこな集中力と、 感情的なポテンシャルの複合物で、 これを散漫にさせるような心理的ダメージが蓄積すると、 失われてゆく。 俺はたしかに特攻タイプだが、実際にはそんな特別強烈に特攻というわけでもない。 「何度落ちても平気だ」とかほざいたが、当り前だがそんなわけない。 どっちかというと、何かあったらすぐメゲて大人しくなる方だ。 そんなわけで今まで生き残ってる。 あるいは単に運が良かった。

じてんしゃ

夜中に52x17くらいのギア比で30km/h前半くらいのスピードでまったり流してると、 低空を飛んでるような気がする時がある。

ベルつけてみた。じろりろりーん。

料理

腹へったし米も無いので外食することにした。

だが、いつもの蕎麦屋は貸切りで宴会やってた。

しょうがないので近所のカレー屋でカレー食った。

夕方に魚買っておいたので、これで酒のツマミを作った。 かんぱちのまりね。

それで Zガンダムの劇場版をみながら一杯やった。

なんとなくトイレいったときにパソコンみたら、仕事の電話とメールがいっぱい溜っていた。うひー

駅の向こうにひいきの豆腐屋があって、 そこの豆腐は最強にウマイのはまぁよいとして、 たまに湯葉が出るんだがこれがまたうまいんです。もうたまりません。はぁはぁ。 やっぱ和食ですよ。 袋入ってるカツブシなんか全然ダメっすよ。 もー、カツブシ削る道具買うしかないか。

そういえばカツブシも削った方がうまいが、 ベーコンもスライスなんて全然ダメだな。 ブロックで買って来て自分でスライスしたらかなり違うもんだな。

今日は久々に包丁研いだ。ずっとセラミックスティックでタッチアップでごまかして使ってたが、 マジメに研いだのは久しぶりだ。 しばらくまえから、研がねば、と思っていたので、 よほど切れなくなっていたと思う。 久しぶりだから、けっこうマジメに研いだ。

本当はもっと番手の細かい水砥石が欲しいのだが。

フェニックス

以前もりもとさんの日記に出て来た。 砂漠にヒコーキがおっこちて、落ちた飛行機を改造して、 小さいヒコーキに作り直して脱出する知恵と勇気のサバイバル物語。

いつも行くビデオ屋にあったので見た。 よかった。

植民地支配の傷

支配された人々が実質的に(唯物論的に、といえばよいのか?) 被った損害ばかりではなく、 本当はそのかつて支配された当の本人たちに原因があるばあいでも、 現実逃避の一つとして 「植民地支配のせいなのさ。俺たちゃ悪くないのさ。」 とかいって、誤魔化しちゃうので、 魂も弱まってしまうのだという。 つまりヘタレスパイラルに陥ってしまうのである。

池端先生に伺ったはなし。


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