駅前のビデオ屋で借りてみた。新作扱いなので早く返却せねばならず、 翌日もまた見て返却した。
しかし、あいかわらず実際には相当の時間がかかって音が到達せねばならない 場面にあっても、 出来事に完全に同期して音が入っており、 そのために場面のスケール感が台無しになっている。 そのように感じる場面が複数あった。 なぜ誰もそういう事を提案しないのだろうか。 観ていて、誰も疑問に思わないのだろうか。
映像表現において追求せねばならぬテーマはまだまだ多いという事なのだろう。
結論: 敵弾避けと爆発表現において、今後世界が目指すべき新たな水準がここにある。
連休で行った薫製人間の集いの帰りに、 ずっとくるまのなかで perfume かかってたんですよ。
たけしによると、2010年のいま、真に未来的なものは perfume とたけしが作ったゲーム(名前わすれた)だけだそうです。
たけしの解説にもかかわらず、 なんかぐっと来ないんですな。音的にも画的にもね。 ぐっとくる場合は何がどうぐっとくるのか、考えたりするんですけど、 こない場合は全然手がかりが無いですね。 ようするに、俺は関係無いって事なんでしょうが、 手がかりがないので考えようもありませんわ。 女性ボーカルテクノもの、という事で言うと、しのはらともえとか、 好きなんですが。
かんけいないけど、ジダヌの頭突きが たけしのサッカーへの憧れを粉砕したのだそうで、 あれでサッカーへの興味を失ったそうです。
いま判ったよ。 perfume の髪型と服装がダメなんですね。 髪が顔を隠しているのがね。
先日、光ファイバを申し込んだ。
むちゃくちゃにネットワークの調子がおかしい。 まともにつながらない。データが流れた瞬間に しばしばADSLのリンクが切れる。 つながっていても、通信速度が 0.3Mbps とか。もうね、モデムかと。 まぁADSLだからモデムなんだけど。
光ファイバを申し込んだら、 NTTのひとから電話があって、「対応オウエスは ヰンドウヅXP以上の(途中意味不明で 脳内に格納できず)となりますがよろしかったでしょうか」 とか意味不明な事言ってた。 意味不明連呼して申し訳ないが、そんくらい意味不明だったんだ。 というよりむしろむかついた。XPでしか動かない TCP/IP とかさ、 TCP/IP 作った人に対する最大限の侮辱だろ だいたいヰンドウヅなんてTCP/IP付いたのつい最近のくせしやがって らっちゃれらふじこ あうあうトシはとりたくないものじゃのう
まぁとにかく、通信速度はさておきリンクがもっと安定してほしい。 去年はこんなことなかったのだが。 尋常じゃない。 光ファイバなら多少マシになると期待。 しかし ADSL でもこんなひどい話しは聞いたことないので、 どうなるかはやってみないと判らない、的不安さはある。
「東京ゴッドファーザーズ」またみた。妻がファンなんだ。
エンディングがすげぇいいと思ったらムンライダーズか。
今日は東京駅にでかけた。 前職で一緒だった藤原さんと、茶のんでラーメンくって 馬鹿ばなしをして帰って来た。 馬鹿ばなし以外にもいろいろやったが、今はまだ書けない。フフフ。
ustream という動画のライブ中継サービスがあるそうですが、 これで一番おもしろいのが、 じつはDJの実況中継なんぞではなく フクロウの巣箱をずっと映してるやつ、っていう記事があった。 ほお。よく判ってるじゃねぇかおまえは、と。
俺はハヤブサのファンでね。 専ら昼間に活動するからよく判るし。 昼間だから時差があったりするけれど。 都市のハヤブサは夜中も活動するけど。
今年もいろいろあったけれど、概ね繁殖は終了ですね。 残念だったのは、今年もフィンランドのイヌワシが繁殖失敗だった事。 ぐっときたのは、 Derby の大聖堂のペアが、病気の雛をバラして 元気なやつの餌にしちゃうのを目撃したこと。
DJが音楽かけてんの見て、何が面白いんだ。音楽なんか自分で好きなの 選んできけよ。
自転車を洗った。 機械の手入れをするのは良いものだ。 最近の機械は手入れを必要としないものが多い。 そもそもそのようにできているのだ。 だから、手入れしようとしてもできない。 ユーザの干渉は余計なものとされており、 勝手にいじくったら壊れてしまうのだ。 なんでそんな風に作るんだろう。
そういう製品に慣れている人には、 自転車の手入れなんてどうすればいいのか、皆目判らないのではないだろうか。 自転車なんて手入れするものだと誰も思っていない。 それは他の人が乗っている自転車をみればよく判る。 チェーンが茶色いやつとか、ブレーキが効かないやつとか、 部品が曲がっちゃったやつとか。 そんなのばっかりだ。
機械は、考えて使い、手入れすればものすごい事ができるようになるのだ。 本来そういうものだったはずだ。 しかし機械は、買って来たら使うだけ、箱をあけたその日から劣化が始まる。 壊れなくても次の製品が出たら存在意義がなくなる。 そんな存在になった。
だから、俺はゴミ屋敷を作っちゃう人の気持が、 本当は少し判るんだ。
今日は職案の認定日だった。
ふわふわした触角の蛾
トレーン ウクバール オルビス テルティウス をまた読んだ。 この話がボルヘスのなかで一番好きだ。 言語が世界認識と綿密にメッシュしていて、 それが世界のありかたを規定しているという事実を 扱ったフィクションとして最高のできばえだからだ。
むろん、それ、つまり存在論と言語が表裏一体だという命題は事実で、 だからフィクションとして面白いわけです。 しかもそれは単に事実であるのみならず、なおかつ、 それが、つまり世界認識のあり方が情報処理におけるパフォーマンスをも 規定するのです。 それが非常に魅力的なのです。 何度読んでも良いのです。
世界認識の根本原理を覆す事で実際に不思議な事が起きる、 という点に絞れば、これはSFファンの人にも 楽しめる内容かもしれない。 だが、SFファンの人は心して読んでいただきたい。 ここで出て来る世界認識の変更に伴う不思議は、 実在する不思議である。 それは画空事ではないだけでなく、 しかも役に立つのだ。 hard core technology of informatics なのである。
直交という概念が数学にある。直交基底、などという。
これは非常に重要な概念だ。直交しているものどうしは、 片方を使ってもう片方を表現することができない。 たとえば前後左右はそういう関係にある。 いくら熱心に前後に移動しても左右に動くことはできない。逆もまたそう。
前に1m進む、という操作と前に10m進むという操作を二つ 盛り込んでも、できるようになる事は増えない。 しかし左右に進むという操作を入れると、できる事が増える。 増えるだけでなく、平面をくまなくカバーできるようになる。 前後と左右は直角に交わっています。 だから、このような関係にあるものを、 これにあやかって数学では直交と呼びます。
直交しているものは独立です。 これから、ふたつのものごとには関係がない、 という状況を表現する際に、 「この二つは直交する」という言い方が技術の世界において生まれました。
わしは誰かがこの言い回しを使うのを聞くと、とても安心する。 一つは、いろんなものを説明不要で使えて、 お互い話しが早いから。 他にも理由があるが、それを書くには余白が狭すぎる。