今更満たす欲望
アビ=ヴァールブルグ展


俺が嫌いなものを挙げて行くとキリがないが, とりあえず精神分析つうか, 心理療法つうか, ああいうやつ? あれはかなりむかつきますね. キチガイをマトモにしてあげる, というスタンスからしてかなりむかつきますが, ガキの頃の体験が無意識にどうこうしてとかそういう説明も 相当むかつきます. だいたい, かりそめにも科学を名乗るのであれば, 心理ではなく真理を 探求する決意を見せて欲しいものだ. 「無意識」とか「意識」とかいう概念を俺が納得できるようにちゃんと説明した ものを見たことが無い. そういうちゃんと解ってない概念を用いて, なにがしかの現象に説明を付け るという営みに, どれほどの意義があるというのだろう. それとも, 単に役に立てば良いのか?キチガイが治りさえすれば良いというのだ ろうか. だが, 意識と無意識の使用と同様に, キチガイとマトモの区別も, かなり疑わし いのである. (*) いい加減なものを元に,いい加減な事をやってても,いい加減なものしかできない と思うが,どうか. 2回計算を間違えて正しい答えが出る事を期待するようなもの だ.

むかつくことは確かなのだが, 精神分析もなかなかスルドイ一面を見せる事もあ る. 何のことを言ってるのかというと, ガキの頃の果たせなかった欲望を今になって充足するというのは, けっこう楽しいということだ. しかもそれら欲望はかなり根源的な何かに根ざしており, いわば魂の叫びに属する事柄で, そういうのをみるにつけ, なるほど精神分析も全部嘘というわけではないと思うのである. まあ, 根源的な欲求なんてものは, 人生の早い段階に出て来る のが当然で, 後から発生する欲求なんざ, どうでもいいものに決まっているんだ から, 幼年期だからわざわざ注目するというというのは, 俺に言わせりゃ, 原因と結果を取り違えておるのである. だからといって, ガキの頃の欲望を今になって満たすというのが, 楽しいと言うことには変わりはないが.

それでは, 俺の場合のガキの頃の果たせなかった欲望で, 最近成就したものを列挙しよう.

子供の頃が最高だったという意見をたまに聞く. 小学生の頃が人生で一番楽しかったという奴は多いが, そんな意見には全然共感できないね. 小学生は不自由だ. なんせ, 行きたいところにも行けないからな. 小学生はおうちに居ないといけないし, 夕食には家に戻ってないといけないし, 夜はさっさと寝ないといけないのである. 小学生ほど抑圧された人生は無いよ. だから今, 行きたいところに行けるというのは, とても楽しい. 最高の気分だ. その気になれば, 今すぐにでも外国に遊びに行けるからな.

メロンって, うちの近所だけでしょうかね. 一個 300円とか 400円なんだよね. だから, 一個買って来て全部喰っちまうというのは, 全然楽勝だ. うちは4人家族だったので, きっちり 4等分したものだが, その頃, メロンて一個いくらくらいしたのかなあ. イタリアに行ったときは, メロンが安くて感動した. 一個 1000リラだった. 当時のレートで50円である. ホテルで, 毎日メロン喰ってたな. シャモニ(フランスの山岳リゾート地)でも, 毎日喰ってたな. フランスでは1個100円から 200円だったね.

普通, 丸いケーキを一個全部喰わないわけが, 喰ってみると判る. ケーキってのは, アレを全部喰うと腹がおかしくなる. そういう食品なのだ. 砂糖と脂肪でできてるんだから, 当然である. もう2度とイヤだね. 学校(大岡山)の近所に, ケーキやがあって, そこのシュークリームが最高にうま い. うまいが, 1個で十分だ.

その昔, 1/35 ミリタリーを一個買うと, その月の小遣いは消滅したものだった. 色まで手が廻らないのだ. もっとも, 色を塗ってると, 有機溶剤で頭ガンガンになり, それはそれで苦しかったが. 俺はガンダム関連のプラモは一個も買ったこともなければ作ったこともないので あり, プラモに関して言えば戦艦,飛行機,戦車という経歴だが, それにしてもプラモというのは,今にして思えば全くのハシタ金で楽しめる, 極めてお手軽で楽しい娯楽なのである. 4号戦車 H型で戦車小隊作っても 5000円だもんな. 必要な色も筆もスプレーも,一発で全部揃えてしまえるのだ.工具も筆も, サークルが美術部だったから全部始めからあるしな.

しかも最近のプラモはすばらしい精度である. 昔のは,けっこうプロポーションがおかしかったり,部品がちゃんと合わなくて 曲げたり削ったりしたもんだが,いやはや. 組んだだけで,もう,ホレボレするような格調高い出来栄えだ. 戦車の履帯(キャタピラ)も,ゴムじゃなくて射出成形部品を連結して作るのであ る.しかも,その気になれば,マイクロドリルで穴をあけて,ランナを伸ばしたシャフトを 通し,端を焼いて止めれば本当に動く履帯ができるくらいの精度だ. TigerI 後期生産型 限定版 ミヒャエル=ビットマン 搭乗車というのを作ったが, これはマジで楽しめました.今も家に置いてあります. ガンプラ好きの人にも最近は堪えられない時代であるらしく, 「マスタグレード」シリーズなんか,すさまじい出来栄えだなあ. これが思ったときに好きなだけ買えるなんて,最高じゃないですか. 少なくとも,うちの実家じゃあ考えられないね.

何が禁止されていたか,は家によって異なる. それによって,今満たさねばならない欲望が決定される. 俺の実家は尚学,尚武にして遊ぶべからず,月月火水木金金,だった. その結果がこのザマだ.

アビ=ヴァールブルグ

精神分析の中にも面白いものはある. CGユングの「心理学と錬金術」はおもしろいぞ. かなり散慢な内容で簡単にまとめることは出来ないのだが, 錬金術というのは一種の妄想なので,そこに古代から連綿と続く イメージの系譜を見ることが出来る,というような内容の本だ. 思えば同じ時代にアビ=ヴァールブルグが居たわけだ. イメージの系譜の研究でユングの業績を引き継いだ人は居ないが, ヴァールブルグは現代の美術史の基礎を築いた. 2人の方法論は全然異なっているが,その動機には幾分共通するところがあるよう に思われる.図象と,それが表す概念の系譜を古代(というのは,西欧ではせいぜい ギリシャ時代までを指す)まで辿り,基礎となる原型を特定するという.

先週から,国立西洋美術館でヴァールブルグの展覧会をやっている. 美術史家の展覧会というのは,初めてだ. 普通の展覧会というのは,画が並んでて,その解説が付いているというものであり, 美術史の実験あるいは実戦の一つであるわけだが, この展覧会のネタは美術ではなく美術史である. 用語の不正確さを厭わずに言うならば, メタ展覧会である.

展示は, 展覧会のスタイルを強引に踏襲していた.つまり,「モノ」が置いてあり, その解説が横に付いているのだ. この展覧会におけるネタとは研究業績であり, シロートはそんなの見ても全然解んないので,横に解説が付いている. しかし,ややこしいものを簡単に説明するのは頭を使えば何とかなることも多い が,もともと難しいものを簡単に説明するのは不可能だ. だから,横に解説が付いてても,難しくって全然解んなかった. これでも 俺はパノフスキーやらホッケやらフリッツ=ザクスルやらをけっこう読んで るから,シロートではあるが,まるっきりペーというわけじゃあない. それにしても難しかったね.まじで.こりゃシロートには手に負えません. 要するに,ゲーデルのノートを展示してあるのと同じだね. 横に「これは,選択公理の独立性の証明である」とか 「不完全性定理の草稿」とか書かれても全然解んないのとおなじことさ.

ヴァールブルグを理解しようとかせずに,出て来るイメージを単に楽しもうとい うのであれば,それはそれで面白い. なんせ研究対象が画だから,解んないなりに画だけみてても面白いからね. これが美術史の良いところだよ. アルベルティーナ版画素描館から沢山来てるので,それだけでも見る価値ありと す.

初めての美術史家の展覧会がヴァールブルグなのには訳がある. いわば,今の美術史の方法論的な基礎を作ったのがこいつなのだ. ロケット工学の von Brown シュルレアリスムの Andre Breton アイスクライミングの Yvon Chouinard. R&B でいえば James Brown であり, プロレスで言えばゴッチとテーズ. UNIX なら K. Thompson といったところ.

以前,展覧会の本体は図録だ などと吠えたことがあるが,それから言えば,今回の図録など, 間違い無く最強の部類に入るだろう. 読むとこばっかしで,たまんないっす. しかも図版のデキも良い. この内容で 2500円は安い!買え!


(*)ミシェル=フーコーの一連の著作に, そういうことを扱ったものがあった. 題は忘れたが, キチガイとか監獄とかの発生と近代の関連を扱ったものだったよ うな.